建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日

保育者の「成長指標」の必要性について考える

岡山短期大学准教授  楠本 恭之この著者の書いた書籍

 年(平成27年)5月の教育再生実行会議第七次提言において,「教職生活全体を通じた育成指標の明確化」という目標が示された。それに沿う形で,地方自治体が「育成指標」の作成に動き出している。しかし,そのような行政主導の「指標」が,教師や保育者の資質能力の向上,そして子どもの教育・保育の質向上に資するかどうかは未知数である。

 稚園教育実習を担当する筆者は,近隣の幼稚園の先生方とお話しする機会が多くある。その際「どんな実習生が良いか」「どんな学生を雇いたいか」などについて話をすると,いつもではないが,噛み合っていないと感じることがある。

 年前,教育実習実施園に作成をお願いしている「評価表」の「所見」欄における記述を,テキスト・マイニングの手法を用いて分析した。その結果として,多く出現する評価語は「ていねい」「優しい」「明るい」「真面目」「素直」であること,「ていねい」と「明るい」は「子ども」と,「優しい」と「真面目」は「態度」と,「素直」は「指導」とのつながりが強いことが示された。これらのことから,少なくとも実習においては,「真面目な態度で臨み,子どもに明るくていねいに接し,指導は素直に受け止める」人物が高い評価を受けたといえる。もちろん,現職の保育者を評価する観点でもあるだろう。

 者は,以上の結果と考察が「噛み合わない感じ」につながると考えた。すなわち,保育者が実習生に備わっていてほしいと考える「ていねいさ」「明るさ」「真面目さ」「素直さ」(以下「人間基礎力」と仮に呼ぶ)は,保育者養成課程において学生が身につけるべき資質能力に含まれていないことに気づいたのだ。

 般に,(短期)大学は大人社会への出口にあたり,学習者が労働者になる道の最後の関門となる。職場で必要とされる「人間基礎力」などの資質能力を,目の前の学生たちが身につけていないのであれば,身につけさせるのが私たち養成校教員の義務である。なぜなら,「人間基礎力」が身についていない保育者は,担当する子どもやその保護者に不利益をもたらす可能性が大きいからだ。

 こにおいて,保育者と養成校教員が共有すべき課題が明らかになった。すなわち「保育者には,どのような資質能力が必要で,それらをどこで,誰が,どの程度まで,どうやって育てるのか,そしてそれをどのように検証し,不足しているならどのように補うのか」を見定め,連携協力して養成課程の学生と現職保育者の成長を支えることである。

 育・保育に資する「指標」とは,先に述べた保育者自身の「成長指標」であると考える。その中身は,保育現場で日々子どもと向き合って力量形成の必要性を実感している保育者と,養成の重責を担う養成校教員が,切実さを共有しながら真摯に話し合ってつくりあげ,試行錯誤しながら充実させていくことになるだろう。もちろん「成長指標」が実効性をもつためには,保育者の職務環境の改善・充実,つまり,すべての保育者が働きやすい職場づくり,そしてそのための支援が不可欠である。

目 次

第103号平成28年1月1日

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