建帛社だより「土筆」

平成28年1月1日

地道な研究あっての有益な成果

東京聖栄大学教授  丸井 正樹この著者の書いた書籍

 村智氏がノーベル医学・生理学賞を受賞したことは,微生物関係者に大きな喜びを与えた。医学・生理学賞の過去の日本人受賞者は利根川進氏と山中伸弥氏の二人であるが,それぞれ免疫グロブリン遺伝子とiPS細胞で受賞している。微生物関連の研究では大村氏が日本人では初めてである。

 村氏は,微生物が生産する有機化合物を多数発見しているが,そのうち研究用試薬として世界中で使われているものが20種を超える。ノーベル賞の対象となったアベルメクチン(その化学誘導体がイベルメクチン)をはじめ,同じく放線菌が生産するスタウロスポリンやラクタシスチン,それに担子菌から得られたセルレニンは,それぞれプロテインキナーゼ,プロテアソーム,脂肪酸生合成の各阻害剤としてよく知られている。土壌などの自然の物質から有用微生物を探索する地道な研究が長年継続的に行われた成果である。

 在,応用微生物分野では多くの有用微生物のゲノム解析が行われている。これにより得られたゲノム情報を用いて微生物のもつ有用な機能をさらに高度に利用することができる。遺伝子機能解析や分子生物学的研究が盛んに行われるようになった。このポストゲノム解析をより迅速に効率よく遂行できる技術開発も進んでいる。発現解析を少量の遺伝子で網羅的に,かつ比較的短時間で行うことができるDNAマイクロアレイは今最も注目されている手法であろう。多くの研究者たちが既知の微生物について精力的に研究していることから,近い将来にはこれらの微生物を完璧に利用できるようになるだろう。

 菌を例にみてみよう。酒,味噌,醤油は日本の食文化を支える発酵食品であるが,麹菌はこれらの製造に必須の微生物である。この麹菌は糸状菌(カビ)の一種で,おいしい食品の製造に貢献してきたが,能力はそれだけではない。2005年のゲノム解析完了後,外来遺伝子の発現分泌宿主菌としてのタンパク質分泌生産性の解明や麹菌特異の遺伝子のうち機能未知のものに対する研究が行われていて,麹菌の新たな働きがみつかるであろう。その成果が望まれる。

 菌の機能未知遺伝子に限らず,自然界には未利用の微生物がそれとは比べられぬほどたくさん残っている。全く新しい,すなわち,知られていない物質や性質がまだまだ存在している。これらを手に入れるためには,従来と同様に人間の頭と目に働いてもらわなければならない。地道な研究者はいつの時代にも必要である。しかも大勢。彼らの活躍を期待しながら既知の微生物が醸し出した美味たる酒を嗜むことにしよう。

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第103号平成28年1月1日

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