建帛社だより「土筆」

令和5年1月1日

健康長寿社会とSDGsに取り組む日本栄養・食糧学会

公益社団法人日本栄養・食糧学会代表理事・会長 東京慈恵会医科大学附属柏病院病院長 吉田 博 この著者の書いた書籍

 本栄養・食糧学会は,終戦後の1947年に国民の栄養状態の改善と食糧の研究を目的として発足しました。学会創立50周年記念誌には,食糧事情の悪化に伴う国民の低栄養状態にどう対処するか,医学・農学を中心とする学際的な立場から対策を検討する場として,本学会が設立された経緯が詳細に記録されています。そして,第1回栄養・食糧学会(現日本栄養・食糧学会)大会を担当した大森憲太会長は,「医学と農学の結婚」という表現を使い,「大同団結をもって重大難関を突破する」といった鬼気迫る挨拶をしておられ,当時の本学会に託された使命に対する自負とともに,重い責任を担う覚悟が感じられます。

 の後の我が国の栄養事情は大きな変貌を遂げることになり,昭和30年代以降は高度経済成長期を迎え,栄養過多を要因とする肥満が健康上の問題となり,「成人病」そして「生活習慣病」が国民的な健康課題になってきました。

 年,メタボリックシンドローム,糖尿病,高血圧症,脂質異常症などが増加し,その対策が国家的な課題になるに至り,我が国では2018年12月に,いわゆる「脳卒中・循環器病対策基本法」が制定されました。「脳卒中と循環器病克服第一次5ヵ年計画」の検証・振り返りが行われ,2021年からは第二次5ヵ年計画が進められています。また2020年には,健康寿命の延伸等を図るため「循環器病対策推進基本計画」が閣議決定され,医療体制の充実などとともに,予防・国民への啓発が大きな柱として掲げられました。生活習慣病等は今もなお国民の重要な健康課題ですが,これらの基本的な対応は食事・栄養などの生活療法であり,その基盤となる科学はいうまでもなく本学会の栄養・食糧学です。また一方では健康寿命の延伸が人々の健康とともに健全な社会にとって鍵であり,その中でも高齢者のフレイル,サルコペニア,ロコモティブシンドローム対策が重要となります。かかる意味から本学会の栄養・食糧学基金の研究助成テーマはまさしく,「生活習慣病,フレイルの予防と治療に関する栄養・食糧学的研究」および「健康寿命の延伸と新たな健康課題の解決に資する食品開発に関する研究」であります。

 020年に拡大した新型コロナウイルス感染症はいまだに終息せず,人々の暮らしや社会情勢への影響が続いています。その中で2022年6月には久し振りに本学会第76回大会が現地開催されました。そのテーマは「ポストコロナの未来を拓く栄養科学・食糧科学研究のあり方」と,私たちが現在抱えている重要な課題・テーマを活発に議論できたことを心より嬉しく思います。

 の際に行われた日本栄養・食糧学会75周年記念祝賀会では,日本医学会の門田守人会長をはじめ多数の御来賓から祝辞を頂戴しました。門田会長は「医学における栄養学・食糧学の重要性」をあらためて示されました。基礎系の日本医学会分科会である本学会が代表を務める日本栄養学学術連合(本学会の他に日本病態栄養学会,日本臨床栄養学会など15学会で構成)は,2021年12月の「東京栄養サミット2021」で生活習慣病を引き起こす過栄養を改善する旨の提言を行い,「持続可能性のある健康な食事」に関する研究の推進,中でも日本食の有効性に関するエビデンスに基づいた栄養改善を研究から実践につなげるよう取り組んでいます。

 た,ここでは,栄養課題の解決に向けて持続可能な開発目標(SDGs)の推進に資する議論などが行われ,その成果として東京栄養宣言「グローバルな成長のための栄養に関する東京コンパクト」が発出されました。そこには,1.健康:栄養のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)への統合,2.食:健康的な食事の推進と持続可能な食料システムの構築,3.強靱性:脆弱な状況や紛争下における栄養不良に対する効果的な取組,4.説明責任:データに基づく説明責任の促進,5.財政:栄養の財政への新たな投資の動員が掲げられています。

 のように,先駆的なサイエンスを踏まえ,的確で実効性のあるメッセージを社会に発信することが本学会に求められています。そのためには,幅広い視野に立った学際的な研究を拡充するとともに,同じような問題を抱えるアジア諸国や諸外国との交流を推進し,国際的な見識を高める必要があります。

 022年12月には第22回国際栄養学会議(22nd IUNS-ICN)が東京で開催されました(組織委員会委員長:加藤久典前日本栄養・食糧学会会長)。栄養・食糧を巡る困難な課題について果たすべき役割は,今後一層大きなものになっていくでしょう。日本栄養・食糧学会は栄養学・食糧学を基盤として国民・世界の人々の健康推進に持続的に貢献していくよう努めてまいります。


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第117号令和5年1月1日

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