建帛社だより「土筆」

令和4年9月1日

「スタンダード」としての特別支援教育

一般財団法人特別支援教育士資格認定協会理事長 花熊 曉この著者の書いた書籍

別支援教育が2007年に法制化されて15年目を迎え,ほとんどすべての学校・園で,特別支援教育の取り組みが行われるようになりました。法制化当初には,特別支援教育はまだ「障害」と結びつけられることが多くありました。

かし,取り組みがすすむにつれて,障害の有無にとらわれない,学校生活や園生活に困難があるすべての子どもたちの支援へと,対象が拡大されてきました。そのことは,新しい学習指導要領における指導・支援の観点が,聴覚言語障害,ADHDといった「障害別の支援」から,聞いて理解することの困難,注意の困難などの「困難さ別の支援」に改められたことにも表れています。

て,こうした動向の中で,注目すべき重要な点があります。それは,特別支援教育の観点や方法論が,学校教育全体(通常の教育)に大きな影響を与えていることです。

校教育の歴史を振り返ると,障害のある子どもたちの教育では,今日に至るまで「準ずる教育」という言葉が使われてきました。

校教育法第七十二条には,「特別支援学校では,(略)幼稚園,小学校,中学校又は高等学校に準ずる教育を施すとともに,障害による学習上又は生活上の困難を克服し自立を図るために必要な知識技能を授けることを目的とする」と規定されています。「準ずる教育」という語を巡っては多くの論議がなされてきた歴史がありますが,基本的には,通常の教育を「スタンダード」とする考え方といえます。

うした通常の教育スタンダードの時代が長く続いてきましたが,近年そこに大きな変化が生じました。例えば,2021年1月の中央教育審議会「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して(答申)」では,教師主体の学びから学習者主体の学びへの転換を図り,「個別最適な学び」と「協働的な学び」をめざすこと,また「指導の個別化」と「学習の個性化」を図ることが示されています。本答申で述べられている教育の方向性は,子ども一人ひとりの特性に応じた適切な学びをめざしてきた特別支援教育の方向性と通底するものといえるでしょう。

際,2022年3月の文部科学省「特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議」の報告では,特別支援教育の「個別最適な学び」と「協働的な学び」に関する知見や経験は,障害の有無にかかわらず,教育全体の質の向上に寄与する,と述べられています。

害のある子どもの教育に携わる人たちの間では,古くから「障害児教育は教育の原点である」といわれてきました。通常の教育がスタンダードの時代には,それは一つのスローガンにすぎませんでした。
ころが,いま,その言葉が本当に力をもち,特別支援教育の観点こそがスタンダードであり,学校教育のすべての場で,特別支援教育の観点や方法論に基づく取り組みが求められる時代になってきたのだと感じています。

ちろん,特別支援教育それ自体,また,特別支援教育の観点に基づいた学校教育全体の取り組みには,多くの課題が残されています。何より重要なのは,上記の動向の中で,特別支援教育に携わる教員・保育者の専門性をどう高め,担保するかということです。

述の検討会議ワーキンググループでは,「特別支援学校教諭免許状コアカリキュラム」が検討され,これまで各々に行われていた教員養成大学・学部における特別支援学校教諭免許状のカリキュラムに統一性をもたせる方向が示されました。

別支援にかかわる教員免許状については,特別支援学校教諭免許状にとどまらず,通級による指導の免許状の必要性など,中長期的に検討していくべき課題があります。

害の有無にかかわらない,子どもたち一人ひとりのニーズにこたえ得る「適切な教育」の実践と,それを担える教員の養成および現職教員の研修が,いまほど求められている時代はないと思います。

目 次

第116号令和4年9月1日

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