は じ め に
本書表題の「ペンタデカン酸」とは,奇数個の炭素(炭素原子)で構成されている奇数脂肪酸の一つである。生物を構成する99 %以上の脂肪酸は炭素数が偶数個の脂肪酸であるが,ごく微量の奇数脂肪酸が脂肪酸の中に含まれていることがある。その代表的なものが,炭素数15のペンタデカン酸(C15:0 )と呼ばれる飽和脂肪酸である。その他,同じく飽和脂肪酸の炭素数17のヘプタデカン酸(C17:0 )も検出されるが,いずれもごく微量のため,奇数脂肪酸の存在そのものが無視されることがほとんどであった。
健康維持の観点から積極的に摂取され,よく耳にすることのあるドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)は炭素数が偶数個の必須脂肪酸である。これらの脂肪酸はω− 3 系高度(多価)不飽和脂肪酸として,イワシやサンマ,ニシンなどの青魚と呼ばれる海産魚に多く含まれている。最近になって,牛乳やバターなどの乳製品の脂肪から新たな生理活性脂肪酸が見つけられた。牛乳の乳脂肪は食品の中で最も奇数脂肪酸が多く含まれているといわれているが,それでも,全乳脂肪の脂肪酸の 1 %以下である。
かつて奇数脂肪酸は毒ではないか? との疑いをかけられた時期もあったが,近年,奇数脂肪酸の生理機能が次々と明らかにされ,DHAやEPAにも劣らない,私たちヒトに必要な“必須脂肪酸”に違いないと考えられるようになってきた。中でもペンタデカン酸は驚くほどの生理機能を持っていることがわかってきたのである。
本書では,ペンタデカン酸を中心として,奇数脂肪酸が身体のどこに作用し,なぜ生活習慣病をはじめとする疾病に効くのかを解説した。また,自然界にごく微量にしか存在しない奇数脂肪酸を人々が十分に摂取できるようにするために,私たちは微細藻類を用いてペンタデカン酸を大量生産する方法を開発してきた。この奇数脂肪酸の大量生産の方法についても解説した。
これから迎える超高齢社会を少しでも健康に過ごすために,ペンタデカン酸が役立つことを願って,できるだけ丁寧な解説を心がけて本書をしたためた。幅広く活用いただければ望外の喜びである。
2024年 8 月
蝉しぐれのつくばにて
彼谷 邦光