令和4年9月1日
新型コロナウイルス感染症の経験と保健科教育
聖心女子大学教授・副学長 植田誠治この著者の書いた書籍
保健の見方や考え方を身につけておく必要性を,いまほど切実に感じたことがあったであろうか。
この文章を書いている2022年6月は,2019年からはじまった新型コロナウイルス感染症の世界的拡大への対応が,収束への希望がふくらんできてはいるものの,依然として続いている。このような状況はこれまで以上に,健康問題を地球的規模で考えること,克服に向けての幅広い連帯,行動様式の新たなあり方など,様々な課題と検討の必要性を投げかけた。
情報化が進展した今日では,多くの健康に関する情報が飛び交う中で,何が正しく,何が正しくないのか,自分にとって何が必要で,何が必要でないのか,というように情報の取捨選択能力を高めておく必要に迫られている。これらは感染症にとどまらず,生活習慣病や精神疾患,性の問題や安全にかかわる問題などの健康課題に対しても生じている。保健の見方や考え方を身につける保健科教育の充実があらためて求められているのである。
保健科教育は,児童生徒が生涯を通じて健康で豊かな生活を送るうえでの基礎を培うものである。諸外国と比較すると,「保健」が小学校から高等学校まで系統的に教育課程に必須のものとして位置づけられ,かつ教科書も作成されているという国は珍しい。
例えば,感染症に関する内容は,一貫して基本的内容の1つとして取り扱われてきている。感染症に関連する主体・病因・環境という三要因,あるいは感染症予防の三原則である感染源を断つ,感染経路を断つ,抵抗力を高めるといった基本的な保健の見方や考え方・概念が教えられてきているのである。
このことは,新型コロナウイルスに感染するリスクを下げるため,人々の冷静で的確な判断や行動選択にどう影響したであろうか。単純な評価は適切ではないが,このような状況下での人々の行動は,保健科教育のこの感染症に関する内容が,マクロなレベルで身についているかどうかを測る指標とみることもできる。
新型コロナウイルス感染症に関係する情報が様々なメディアを介して発信されており,我々はそれらに対してどう向き合うことができたであろうか。今回のこの状況は,保健科教育に対しても,課題を突きつけた。
保健科教育においては,健康情報リテラシー,すなわち健康に関する情報を,入手したり,評価したり,取捨選択したり,活用したりする能力を高めるための内容が取り扱われてはいるものの,不十分である。ただし,かつて「雨降り保健」(雨が降ると体育ができないので保健の授業をする)と揶揄された保健科教育も,今日では大きく異なり進化を続けている。真に児童生徒の生涯を通じた健康で豊かな生活につながる質の高い授業実践がさらに必要となっている。
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