令和6年9月1日
「プレシジョン栄養学」について
名古屋大学准教授 小田裕昭この著者の書いた書籍
「プレシジョン栄養学」という言葉はまだ聞き慣れないかもしれないが、一言で表すと、最新のデータサイエンス技術による先進性のある精密な個別化栄養学のことである。
人により個人差は大きく、それぞれの人に「体質」があり、太りやすかったり、特定の病気に罹りやすかったりする。そのような中で、すべての人が幸福と高いQOLを実現するために、個別最適化された健康的な食事が求められてきている。それを実現するのがプレシジョン栄養学である。
この学問領域は、これまでの栄養学の知識をフル活用するとともに、情報通信やAIの技術を最大限に活かし、そのビッグデータを駆動力とし、その人があまり栄養学を意識しなくても健康になれる未来社会をめざしている。つまり、人に寄り添い、持続可能な、かかりつけの栄養士・管理栄養士のようなものである。
プレシジョン栄養学は、個人を特定(個別化)するところからはじまる。従来のニュートリゲノミクス(栄養ゲノム学)や分子栄養学に加え、オミクス(生体内に存在する遺伝子や分子の全体像)生物学による網羅的解析で、精密に個別化できるようになった。また、腸内細菌の多様性が、体質の個人差、疾患への感受性とかかわりが深いことがわかってきた。さらに時間栄養学という分野から、食事のタイミングが健康や体質を決めることを明らかにしてきた。そして、現代の情報通信技術の進歩により、様々なウエアラブルデバイスを駆使することで、非侵襲的に体の中を推測し、寄り添いながら、持続可能な情報をフィードバックすることができるようになってきた。
実際に、個別最適化された食事を提案、提供することができるプレシジョン栄養学は、研究にとどまらず、社会実装して多くの人を健康に導いてこそ意味がある。情報通信やAIの技術を活用した「デジタルプラットフォーム」は、多くの産業が協業するための基盤となる。レシピのデータベースや個人情報等の権利保護を実現しつつ、緩やかに共有できる社会インフラが必要である。
世界的にプレシジョン栄養学の社会実装研究が進む中、第77回日本栄養・食糧学会大会(昨年5月)で、初めてプレシジョン栄養学のシンポジウムが開催された。会場は超満員となり、日本でも研究の機運が高まってきていることを感じさせるものであった。
来年5月に開催予定の第79回日本栄養・食糧学会大会のテーマは、「データサイエンスが拓く栄養・食糧学の未来」である。栄養学の分野でも、基礎のオミクス生物学、応用の疫学研究に限らず、膨大なデータを駆使して研究することが多くなった。また実践においても、ビッグデータを駆動力としたAIの活用による食の最適化を図る未来の栄養学が到来しようとしている。
今般、昨年のシンポジウムを土台に、プレシジョン栄養学の現状と展望を概説した『プレシジョン栄養学 ―データ駆動型個別化栄養学の社会実装に向けて ―』を建帛社より上梓している。本稿をお読みいただき、興味をもたれた方はご参照いただければ幸いである。
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