令和6年9月1日
健康づくりのための睡眠ガイド2023と食習慣
東洋大学准教授 吉﨑貴大この著者の書いた書籍
「健康づくりのための睡眠指針2014」の策定から十年が経過したが、近年では睡眠による休養が十分とれていない者の割合が増加し、健康日本21(第二次)の最終評価では「悪化している」との評価に至った。
このような背景から、蓄積された科学的知見に基づき、国民がよい睡眠習慣を身につけられるよう「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(以下、睡眠ガイド)が公表された。
この睡眠ガイドは生活指導の実施者(保健師、管理栄養士、医師等)、政策立案者、そのほか健康・医療・介護分野において、良質な睡眠の確保を支援する関係者等を対象に策定されている。内容として、適正な睡眠時間と睡眠休養感の確保のための推奨事項がライフステージ別にまとめられ、睡眠に影響する環境因子や生活習慣等に関する参考情報も整理されている。本来は最も重要な睡眠ガイドの記載情報を中心的に扱うべきだが、ここでは中長期的な展望の下に、今回の睡眠ガイドで情報量が少ない食習慣について考えたい。
睡眠指標をアウトカムとし、食習慣との関連性を検討した研究はいくつか存在する。例えば、29件(観察研究25件、介入研究4件)の一次研究の内容を統合したシステマティックレビューでは、質問票による主観的、あるいは活動数や脳波等の生体情報に基づく客観的な睡眠指標と関連する可能性がある要因として、地中海食パターン、食事由来の抗酸化能、食事由来の炎症修飾能、各種の食事の質スコアなどがあげられている(Godos et al.,Sleep Med Rev, 2021)。また、睡眠前の食事タイミングの違い(Duan et al., Nat Sci Sleep, 2021)や、食事中の炭水化物比率、グリセミックインデックス(食品摂取後の血糖上昇量の程度を表す指数)、エネルギー制限、個別の食品の摂取(St-Onge et al., Adv Nut, 2016)が、睡眠に影響を及ぼし得る要因として示唆されている。しかし、曝露とアウトカムとの関連を一時点の観察に基づいて評価する研究デザインや、研究の質の評価結果が低く、食事が睡眠へ及ぼす影響について確かな結論を導き出すには至っていない。加えて、短時間睡眠が原因となって、エネルギー摂取量に影響するといった報告もあり、食事と睡眠との因果の方向性の判断は難しい。
一方、運動・身体活動と睡眠との関係においては、すでに米国身体活動ガイドライン諮問委員会報告書で運動・身体活動が健康的な睡眠に寄与することが示されている。今回の睡眠ガイドでの記載内容は、睡眠との因果について、より確かな科学的根拠に基づいている。
筆者の視野が狭いという可能性は否定できないが、食習慣については、睡眠ガイドなどの行政施策に反映できるほどの十分な科学的根拠が揃っていないのが現状である。そのため、将来的な睡眠ガイドの改訂において、食事・栄養との関連性の情報を詳細に記載するためには、「いつ」、「何を」、「どの程度」摂取すれば良好な睡眠につながるのかを検証し、蓄積された質の高い論文を統合することで、確かな科学的根拠を構築する必要がある。
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