建帛社だより「土筆」

令和6年9月1日

家政・生活科学のおもしろさ

東京家政大学大学院タマゴのおいしさ研究所・特命教授 峯木眞知子この著者の書いた書籍

は長年,鶏卵の加工・調理に伴う構造変化についての研究を続けてきました。現在は,キユーピー㈱・東京家政大学共同研究講座としてタマゴのおいしさ研究所を開設し,卵の消費量向上に伴う啓発活動を行っています。その活動は,鶏卵に関する月1回のメールマガジンの発信と動画(YouTube)の製作や配信,講演会や商品開発などです。

演や研究活動を続けているうちに,消費者の疑問に答えられない家政学分野の研究者ではいけないと思うようになり,生活に結びつく身近なことを中心に,消費者が質問したいことや自分が疑問に思っていることをテーマにとりあげています。また動画では,鶏卵の正しい情報とそのエビデンスを消費者に理解してもらえるような題材で作成しています。例えば,ゆで卵の殻をむきやすくする方法とそのメカニズム,卵黄は赤みがある色の方がおいしくみえるのが本当か,また,卵の保存方法では鋭端(先が尖った方)を上にしてはいけないのかなども,研究者が科学的に証明すべき情報であると思っています。

前,食旅行として千葉県銚子市を訪れました。そこには,魚のすり身を入れない,まるでプリンのような伊達巻があるのを知り,その関連でいろいろ調べていると,宮崎県にも同じようなものが「卵焼き」として存在していました。卵焼きといえば,江戸料理を紹介している書籍に,「卵(たまご)ふわふわ」と称する料理があります。静岡県袋井市では町おこしとしてこの料理を再現し,土鍋に入れたふわふわ卵の汁物がでてきます。それに対して江戸時代の書物には「やわらかい卵焼き」を卵ふわふわとして紹介しています。どちらが本当の形状だったのかは解明されていません。

らに同じ「卵焼き」に,兵庫県明石市の「玉子焼き(明石焼き)」もあります。明石市で玉子焼きを取材した際に,明石焼きに発展した理由は,玉かんざし(髪飾り)のサンゴの模造品に卵白が使用されており,余った卵黄を使用してつくったことがはじまりだと伺いました。この話を聞いたとき,ポルトガル菓子のカステラや鶏卵素麺などをふと思い出しました。ポルトガルでは,修道院に卵を寄進する人が多く,卵白はフレスコ画の絵の具や洗濯糊などに使用し,その残った卵黄を修道女が工夫してお菓子をつくったといわれています。

料理から少し話が逸れますが,最近,中世ヨーロッパのドレスを研究している被服の教員より,ドレスのハリを出すのに卵白を使ったのではないか,という相談がありました。その話を聞いて,ポルトガルの卵の使い道について関連しているのではと考えました。様々な協力のもと,当時使用されていたドレスの古い布地に免疫染色(抗体を用いて組織中のたんぱく質を染色する方法)を施してみると,生地表面に卵白の組織が付着しているのを確認できました。この出来事は,卵を食物・調理としての食材ではなく「生活科学」という大きな範囲で考える必要性に気づかされました。

回の発見は,卵が食材以外に使用される価値と見方を広げ,人間生活の中で研究分野や学問がつながる「生活科学」のおもしろさを感じた一幕でした。

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第120号令和6年9月1日

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