建帛社だより「土筆」

令和7年1月1日

英国の階級社会と研究を育む精神

昭和女子大学准教授 小西香苗この著者の書いた書籍

在,英国サウスサンプトン大学にて研究留学をする機会をいただいている。英国に暮らし,日々,歴史や文化を感じながら研究生活を送る中で,なんとなく感じるようになったことがある。それは,英国が歴史的な階級社会であるということである。最初は英語の発音やフレーズの使い方が,上流階級で使われるものと,労働者の街マンチェスターなどで使われるものが異なるということから感じはじめた。さらには,同僚が英語のアクセント,服装や通った学校,マナーなどといった態度,行動様式で階級がわかるという話をしてくれた。

本では,社会的格差をなんとなく感じながらも自分や周囲の人々を明確な階級で捉える意識はなかった。しかし,ここ英国では無意識的にも意識的にも「階級意識」が存在し,英語を話すこと自体がそれを表明することになっている。「健康格差」も研究テーマとしてきた私にとって,これは単なる経済格差や教育格差以上に根深いものを感じ,階級社会の上に成り立つ健康格差と英国社会がどのように向き合っているのかも気になってきた。

史的にみても,貴族層や経済的な権力をもつ者が,貧しい人々へ教育や生活保護を行ってきている。これは,貴族など上流階級の人々が政治的主権者となっており,社会の秩序維持に対して責任を負っていたからである。そう考えると,「ゆりかごから墓場まで」といわれる社会保障制度,教育費や医療費の無料,年金制度などが自ずと理解できる。日本では希薄な,献金やチャリティーなど慈善活動のような社会活動もまた,富める者が貧しい者へ手を差し伸べる精神の表れとして定着してきたのであろう。その延長として,社会貢献活動であるボランティアとその精神も育まれてきているように感じる。

れまで,日本で行われていないような国際的共同研究が盛んに行われていることに対して,日本の研究が何だか国内志向で少し世界に後れをとっているような気がしていた。だが,英国での研究生活の中で,歴史的な精神の違いによるところも大きいのではと考えるようになってきた。

フリカ諸国やインドなど低・中所得国に出向いての積極的な調査研究,地域における健康弱者に向けての調査研究,ひいては自治体と連携した最貧層に対する予防的な社会実装研究など,たくさんの研究やプロジェクトがより健康的な社会構築のために行われている。この背景には,単にかつて植民地であったからだけでなく,先にも述べた富める者が手を差し伸べる慈悲の精神や社会秩序の維持といったことが関係しているのかもしれない。また,研究へ協力する一般住民の方々の積極的な協力姿勢も日本とは異なる。ここにもボランティア精神の「誰かの役に立ちたい」との思いを感じる。

国の階級社会は埋めようのない健康格差をも生んでいる。その中で,社会の底辺にいるアフリカ,インドなどからの移民を含む労働者階級や最貧国への積極的な健康アプローチをすることで,この埋めようのない健康格差と向き合い,先進国として何とか健康で文化的な国であろうとしているのかもしれない。

目 次

第121号令和7年1月1日

全記事PDF