はじめに
訪日外国人旅行者の増加をはじめとする観光需要の拡大によって,地域の賑わいや経済面への効果が期待される一方,オーバーツーリズムともいえる過度な混雑や住民生活への影響,地域らしさの消失が危惧される。こうした懸念に対して,地域への来訪者数やその属性,地域における混雑状況などの把握が試みられている。
しかしながら,観光現象は旅行者一人ひとりの意思決定の結果・集積であるため,日常の行動との比較を通じた観光行動の特徴や旅行者は何故そのような行動を行うのかという意思決定プロセスを踏まえることが必要といえる。これらが,本書の執筆にあたっての問題意識であり,各章の記述と観光行動を捉えるアプローチ,切り口との対応は,下記の通りである。
第 1 章では,観光の定義や関係する主体,観光行動の特徴を説明する。
第 2 章と第 3 章では,観光の歴史に加えて,観光行動の捉え方や観光欲求,観光行動成立の仕組みについて解説し,心理学的な知見を紹介する。
それに対して第 4 章では,観光による“移動・交通”の捉え方を整理しながら,後の章で展開する定量分析の基礎となる分析フレームを提示する。そして,人々の旅行志向を紐解き,個人の旅行回数への影響を明らかにしている。
第 5 章と第 6 章は,一般的な消費者行動モデルに依拠しながら,国外旅行の発生回数や訪問地の決定に影響する要因を整理するとともに,定量的な手法を用いてこれらのモデル化を行っている。ここでは,合理的にふるまう旅行者の意思決定を前提としているが,その分析フレームでは説明できない消費者の意思決定を第 7 章で取り上げている(利他性や効用の順序の重要性,旅行者のセグメントによる意思決定の差異など)。さらに,第 8 章では旅行者の行動変容やナッジを取り上げており,これらは持続可能な観光地づくりやレスポンシブル・ツーリズムのために重要な概念,切り口と位置づけられる。
さらに第 9 章では,訪問先での活動に加えて,観光旅行での消費や観光地のタイプと消費特性との関連性に焦点をあて,消費行動について詳しく紹介している。
最後に,第10章,第11章は地域側からの取り組みに着目している。第10章(地域ブランドの構築)では,他地域と差別化できるブランドの確立方法ならびにその取り組み事例を紹介する。そして,第11章(観光コミュニケーションの役割と効果)では,持続可能な観光の推進の観点から望ましい旅行者の行動に誘導するためのコミュニケーション技法に触れている。
全体を通じて本書は,土木計画学や都市計画,マーケティング・サイエンス,行動経済学,心理学を基礎として観光行動を理解,解釈しようとするものである。これらは,客観的なデータや論理的・定量的な分析フレームに基づくもので,近年の技術革新(ビッグデータやAI(人工知能)など)との関連性も高い。これまでの経験と勘に基づいた取り組みから,エビデンス(客観的な情報)に基づいた観光地マネジメントへの移行は,望ましい観光・社会の実現を確実なものにするといえる。
本書は 6 名の著者による研究や地域での実践を通じて得た知見をまとめたもので,観光行動を科学的・定量的なアプローチから学ぼうとする大学の学部学生・大学院生を対象とした入門書ならびに観光・まちづくりに携わる実務家・社会人のための参考書として書かれている。執筆に際して,これまでいただいた諸先輩方のご指導,お力添えに改めて感謝する次第である。また,出版に際して,建帛社の筑紫和男氏には大変お世話になった。心から感謝の意を表したい。
2025年12月
著 者 一 同