令和2年9月1日
子どものおもちゃと侮るなかれ,トイピアノ
千葉大学准教授 駒久美子この著者の書いた書籍
トイピアノと聞けば,子どものおもちゃと思うかもしれない。侮るなかれ,その形状はグランドピアノ型や,アップライト型などあり,音色もブリリアントな音から,深みのある重厚感たっぷりな音まで,そして製作された時代や国も様々である。
海外のトイピアノであれば,ドイツからの移住者,アルバート・シェーンハットが1872(明治5)年にアメリカで創業したシェーンハット社や,フランスのヴィクトル・ミシェルによって1939(昭和14)年に創業されたミシェルソンヌ等がある。残念ながらミシェルソンヌは,1970(昭和45)年に火災によって製造を中止しており,現在はアンティーク・トイピアノとして世界各国で愛されている。これらのトイピアノの内部は金属棒をハンマーで叩く仕組みになっている。
日本のトイピアノといえば,2大ピアノメーカーのひとつ,河合楽器製作所のミニ・ピアノが有名だろう。1985(昭和60)年にグランドピアノ型が発売され,ピアノの天板が開くタイプと開かないタイプがある。2015(平成27)年には発売30周年を記念して,アップライト型が発売された。河合のトイピアノは,アルミパイプを叩く仕組みとなっており,同じトイピアノでも,ミシェルソンヌが教会の鐘のような柔らかい音色に対し,河合はキラキラとした高音が特徴的である。
実は,2大メーカーのもうひとつ,ヤマハの前身である日本楽器製造も卓上ピアノという名称で製造していた。形は箱型で,内部は鉄琴の音板と同じ薄い鉄板が入っている。ヤマハでは,1914(大正3)年に卓上ピアノの製造が開始されたと記録があるが,それを考案・開発したのが,実はピアノのアクション(鍵盤を押すとハンマーが弦を打つ)を開発した河合小市であった。河合小市は,1926(大正15)年にヤマハを退社し,翌1927(昭和2)年に河合楽器製作所を立ち上げるが,トイピアノが河合で生まれるのは,それから58年の時を越えてのことだった。
一方で,『別冊太陽 明治・大正・昭和子ども遊び集』によれば,1924(大正13)年,震災後の郷土玩具愛好運動が全国各地で展開され,ピアノ玩具「チンチンピアノ」が登場し,さらに1929(昭和4)年には,チンチンピアノを改良した卓上ピアノが出現している。
1936(昭和11)年には,名古屋の卓上ピアノは,東京製品を抑えて国内の販売数を独り占めする特産製品となり,1938(昭和13)年には,名古屋卓上ピアノ工業組合が設立された。
私も,1948(昭和23)年に名古屋で誕生した井上楽器製作所の卓上ピアノを所有している。こちらは,名古屋で最後まで卓上ピアノを製造していた会社で,1999(平成11)年3月に事業を中止している。1980年頃には,国内市場の8割を占めるトップ企業だったといわれ,その頃を頂点として次第に衰退していったようだ。
おもちゃだけれど,なかなか奥深いトイピアノ。今後,保育現場はもちろん,保育者養成においてもトイピアノの利用価値を検討していきたい。
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