令和5年1月1日
『生徒指導提要』の改訂といじめ防止対策の方向性
関西外国語大学教授 新井 肇この著者の書いた書籍
12年ぶりに改訂された『生徒指導提要』において,特定の児童生徒に焦点化した事後指導中心の生徒指導から,日常の教育活動を通じてすべての児童生徒の「成長発達を支える」生徒指導(「発達支持的生徒指導」)への転換をめざす,というこれからの生徒指導の方向性が示された。
「いじめ」についていえば,いじめの認知率が高まり,「いじめを見逃さない」という姿勢は,教職員間で浸透しつつあると考えられる。そこで,次の段階の取り組みとして,「いじめられる子どもを守る」という視点にとどまらず,「すべての子どもがいじめをしない人に育つことを支える」という視点に立つことが求められていると捉えることができる。そのためには,教職員が,いじめの加害者の心理を理解したうえで,すべての児童生徒が人権意識を高め,共生社会の一員としての市民性を身につけるように働きかけることが不可欠であろう。
いじめる心理を考えると,加害者の背景にいじめ人格というような固定的なものがある訳ではなく,心の中で善と悪との葛藤が生じ,時に悪の衝動が勝っていじめてしまう,と捉えるのが妥当であるように思われる。
いじめの衝動が生じる原因としては,①心理的ストレス(過度のストレスを集団内の弱い者を攻撃することで解消しようとする),②集団内の異質な者への嫌悪感情(凝集性が過剰に高まった集団では,基準からはずれた者に対して排除意識が向けられやすい),③ねたみや嫉妬感情,④遊び感覚やふざけ意識,⑤金銭などを得たいという利得意識,⑥被害者となることへの回避感情,などがあげられる。
つまり,加害者の心の深層に,不安や葛藤,劣等感,欲求不満などが潜んでいることが少なくないということである。したがって加害者に対して,行為を糾弾し厳しく指導するだけの対応では,表面的に沈静化したとしても,加害者をいじめに向かわせる根本の原因はもち越されたままである。特に,加害者がかつて被害者だったり,家庭で虐待を受けていたりと様々な問題を抱えている場合,ていねいな内面理解に基づく原因のアセスメントが不可欠である。教職員には,加害者の抱える課題を十分に理解したうえで,自分の犯した行為の意味に本人が心底から気づくように働きかけることが求められる。その際,いじめをする「困った子」から,いじめをせざるを得ない「困っている子」へと視点を転換させることで,いじめの根本的な解決に結びつく,加害者への「成長支援」を視野に入れた指導が可能となる。
国の,いじめの防止等のための基本的な方針でも「加害児童生徒に対しては,当該児童生徒の人格の成長を旨として,教育的配慮の下,毅然とした態度で指導する」(文部科学省,2013)と示されている。今後,学校・家庭・地域が,加害者の「成長発達を支える」という視点を共有することが,いじめ防止対策の実効性を高めるうえでの鍵になると思われる。
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