令和5年9月1日
目覚ましい発展を遂げる遺伝学研究
相模女子大学准教授 鶴﨑美徳この著者の書いた書籍
遺伝学研究が本格的に開始されたのは,19世紀である。メンデルはエンドウマメを用いた実験を行い遺伝の法則に関する論文を発表,初めて遺伝子という存在を世に示した。その後,DNA二重らせん構造の発見,DNAがRNAに転写され,最終的にたんぱく質に一方向に遺伝情報が伝えられる基本原則,セントラルドグマの提唱に至った。
現代では,体質,性格,顔つきなどが,子どもに受け継がれていくという現象は,我々はあたり前のように感じている。
親から体質が受け継がれる一例として,お酒に対する強さがあげられる。お酒を飲むと,吐き気や頭痛を引き起こす原因であるアセトアルデヒドは,体内にあるアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)のはたらきにより酢酸へと分解される。ALDHには血中アセトアルデヒド濃度が高くなってから作用するALDH1と,低い時点から作用するALDH2の2種類ある。お酒が強い人と弱い人の差は,ALDH2の酵素活性の強さが異なることによるものであり,酵素活性の強弱は,遺伝子情報(DNAの塩基配列)のちがいにより決められる。
子どもは両親から受け継ぐ遺伝子の組み合わせ(遺伝子型)によりお酒の強さが決定される。両親それぞれから酵素活性が高い遺伝子を受け継いだ場合には,アセトアルデヒドを速やかに分解することができ,お酒に強い体質となる。父親(または母親)から酵素活性が高い遺伝子,母親(または父親)から酵素活性が低下した遺伝子を受け継いだ場合には,ある程度お酒を飲むことができる。また,両親それぞれから酵素活性が低下した遺伝子を受け継いだ場合には,アセトアルデヒドを速やかに分解できず,どんどん蓄積するため,お酒に弱い体質となる。
今日の遺伝学では,ヒト全ゲノム情報の解読を目的とした「ヒトゲノム計画」が1990年に開始された。開始当初はシークエンサー(ゲノムを構成するDNAの塩基配列を解読する装置)の性能が非常に低く,短期間で大量の情報を取得することは困難で,さらに全ゲノムを解読するためには多大なコストがかかった。近年,遺伝学研究の発展は目覚ましいものがあり,そのひとつが次世代シークエンサーの開発である。この装置の登場により,解読速度の向上,コストの低下につながった。先に述べたALDH2遺伝子も,この装置を利用すれば,低コストかつ迅速に配列を解読することが可能である。
「ヒトゲノム計画」が遺伝情報の解読が完了したと宣言されてから,今年で20年となる。そのことにより個々の遺伝情報が簡単に得られるようになった。さらに,体質以外にも多くの疾患の原因となる遺伝子,薬剤の効果や副作用と,遺伝子との関係が次々と明らかとなってきた。お酒の強さのような体質のちがいが遺伝子によるものであると同じように,同じ薬剤でも,効果や副作用がそれぞれの遺伝子情報により異なり,その把握が可能となるかもしれない。今後は個々にあった治療,副作用のない薬剤を提供することを目的とするオーダーメイド医療の実現が期待される。
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