令和5年9月1日
「福祉の世紀」を願って
桜美林大学教授 島津 淳この著者の書いた書籍
2022年2月24日,ロシアがウクライナを侵攻したとき,テレビの報道番組の登壇者のなかに,世界史は「福祉の世紀」から「戦争の世紀」に向かうと予測した政府周辺の有識者がいた。確かに時代は,国連やNATOのようなこれまでの枠組みが仕切り直されようとしている。北欧の福祉大国も地政学的に「軍拡」を余儀なくされる現状にある。
我が国も例外ではない。ロシアのウクライナ侵攻から1年余り,台湾有事への対処が国家存立のテーマとなり,防衛費はGDP1%から2%に拡大することが閣議決定された。さらに,5年以内に防衛費を倍増することが示されたのである。
1990年代後半,筆者が厚生省専門官として,介護保険制度政策立案にチームの一員として参画していたときは,米ソ冷戦構造が崩壊し核戦争は遠のいたと思われていた。当時の厚生省は社会保障構造改革・社会福祉基礎構造改革を行い,日本は福祉国家への路を驀進していた時代であった。まさに「福祉の世紀」を実感していた。
話を現在に戻そう。内閣は防衛費拡大1兆円の財源は明らかにしたが,ほかは歳出改革で賄うと国会で答弁を行った。歳出改革の対象は,社会保障費と地方交付税が対象であると思われる。
医療保険や介護保険の保険料率や患者(利用者)負担割合の増加,年金保険マクロ経済スライドの一層の強化,生活保護基準の厳格化,等々が行われるのであろうか。財務省からは,税率の強化,税の新設等,いろいろと聞こえてくる。
地方交付税を大幅に削減することにより,令和の市町村合併が起こりうる。近年聞かれなくなった道州制の議論も活発になるかもしれいない。地方自治体がその中心を担う日本の福祉の後退が懸念される。地方の限界集落はデジタルで結べばよいという論法も聞こえてくるような気がする。子育て支援は人口政策の観点から強化されるだろうが,一番あおりを受けるのは,中間所得層の高齢者であると思われる。
高齢者を取り巻く環境は,公助(生活保護等)や共助(社会保険)は制度として後退し,自助(セルフケア)や互助(NPO等助け合い)が強調されるだろう。少子高齢社会のなか労働力不足が続き,年金支給だけでは生活ができなくなり,現業において健康上無理に就労する高齢者が増える。このことをすでに身近に感じる人も多いのではないだろうか。また,NPO等からの生活支援がある「互助」が機能する街は限られるであろう。
日本の防衛力増強は日米安保の枠組みのなか相手のあるところから,難しい時代に入った。中国の世論は七割が武力で台湾統一を支持しているとの報道があったが,21世紀中期に向けて,「戦争の世紀」に入ることだけは避けてほしい。日本は戦後70年以上かけて福祉国家を形成してきたが,国民世論が防衛力増強に向かうなか,この社会的な財産を未来に継承していく重要性を考えなければならない。
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