令和5年9月1日
こどもたちに先人の遺産をどう伝えるか
武庫川女子大学教授 西本 望この著者の書いた書籍
私たちは人生のなかで種々のジレンマに遭遇する。9月をキーワードとして,過去の大きなできごとを通して振り返ってみよう。
9月には防災の日が制定されており,自然災害が頻発することを思い起こさせ,対応策を確認することとなる。阪神淡路大震災で迅速に被災地に駆けつけ,被災者を救助した近隣自治体からの救急隊員は命令違反で始末書。いち早く駆けつけて倒壊したアパート前の道路上でシャベルを持って整列した自衛官たちは自治体からの出動要請まで命令待機,天を仰ぎ忍び泣き。
9月は,サンフランシスコ平和条約が締結された月でもある。世界の人々は平和を希求してはいるが,中東,アフリカ諸国,東欧,アジアの国境地帯での武力衝突は,皆の知ることである。現在,ウクライナでは100年以上前の防空壕が使用されているというが,日本には使用可能な状態にある公的な防空壕は身の回りには存在しない。
過去の大戦では次のような証言がある。学徒勤労動員の女学生は,東京空襲で工場から帰宅命令,爆風でしなるコンクリート塀の横を走りぬけてきたが,自宅は全焼。また,学徒出陣で徴兵された大学生は,幹部候補試験を白紙で提出して耳の鼓膜が破けるまでビンタされ,宮崎の砂浜で塹壕掘のさなかに直属の上官から「敵が上陸してきたら,貴様を真っ先に後ろから撃ってやる」といわれた。
どの立場でどの考えがふさわしいのだろうか。これらをこどもたちに伝えるとしたら,自ら考えて判断するように,と丸投げしていいのだろうか。
日本人は諸外国と比較して自己肯定感や自己評価が低いとされている。一方で,「楽天主義」を青年期になっても有している。この楽天主義とは「どうにかなるさ」「どうにでもなれ」というような厭世的なものではない。志をあきらめない意思といえるものだ。自己の将来,目的に向かい努力すれば達成できると信じている「楽天主義」である。
これには,防衛機制が遠因にある。できないことが多い幼児期において,失敗による無力感やあきらめを防御するための役割を果たすものなのだが,それが日本人では,持続する傾向にあるという。その要因は定かではないが,一生涯のなかで必ず天変地異を体験する状況の下では,他者からの救助や援助を得て,さらに復興していくことも必ず目にする。つまり現状が,思わしくない状況でも,物事に励めば,将来には明るい未来が控えていて,真っ暗闇の現状であったとしても,必ず光がさしてくる,とみなしているのではないだろうか。
このような日本人の性格の特徴もふまえて,冒頭にあげた過去のできごとをどのようにこどもたちに伝えればよいのだろうか。
ここにあげたのはいわば「負の遺産」であるが,目前の結果論ではなく,プロセスを大切にした先人たちによる教育や業務の考え方の「正の遺産」を,同時に振り返ってみる必要がある。
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