令和6年9月1日
国際社会における栄養問題への取り組み
中村学園大学教授 水元 芳この著者の書いた書籍
世界の栄養問題は,2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)における保健医療分野(目標3:すべての人に健康と福祉を),および食料安全保障(フードセキュリティ)分野(目標2:飢餓をゼロに)のそれぞれのターゲットに「栄養」の文言が盛り込まれて、具体的な指標が設定されている。一方、SDGsの前身である2000年から2015年までのミレニアム開発目標(MDGs)において,目標のターゲットに「栄養」の文言は含まれてはいなかった。
国際社会共通の目標の中に,文言が入ることには大きな意味がある。MDGsからSDGsまでの間,世界の栄養問題の取り扱いにどのような変化があったのだろうか。
栄養問題の重要性はMDGs以前より国際社会でも十分理解されていた。
1992年の第一回国際栄養会議で採択された「世界栄養宣言と行動計画」には,「栄養学的に適切で安全な食料へのアクセスは個々人の権利である」と述べられている。当時、栄養と食料に人権からアプローチしたこの考え方は,大変画期的なものであった。しかし,保健医療分野においては,当時急激な拡大をみせていたHIV/エイズ等の感染症対策に,より多くの注目が集まっていた。
世界の食料問題については,1929年の世界大恐慌を機に様々な議論が行われてきた。その中心的なテーマは長きにわたり食料の量的確保であったが,1996年の世界食料サミットで,フードセキュリティも人権の一環であると明確に示されて以降,フードセキュリティの議論は「量」の問題に加えて栄養面を考慮した「質」に及ぶ発展をみせている。この時期,気候変動による食料問題の深刻化に伴って,フードセキュリティへの関心が高まり,栄養問題もこれまで以上に関心を集めるようになった。
2000年代に入り,栄養問題の解決による経済効果の高さが広く認識された。このことも国際社会で栄養への注目度を高める後押しとなった。2010年以降に国連世界食糧計画(WFP)が国別に次々と発表した,栄養不良による生産性低下や医療コストのGDP換算に対して,2013年,当時の国連食糧農業機関(FAO)事務局長は,栄養不良の世界経済に対する損失コスト(世界の総生産額の約五パーセントに相当する3兆5,000億ドル)を「許容しがたい大きさ」と表現している。
SDGsの各目標は,単独ではなく相互に関連性をもっている。栄養問題もまた,様々な課題と関連した重要な課題であるという認識の拡大と浸透が,現在のSDGsの文言に反映されたのだと考える。紛争や自然災害発生時に食料援助を担うWFPや,コロナ禍の飢餓人口増加でその必要性が浮き彫りになったフードシステム変革に取り組むFAOもまた,栄養面に配慮した食料を強調している。
2020年にはWFPやFAOを含む国連5機関からなる「国連栄養(UN Nutrition)」が設立され,世界の栄養問題は,現在マルチセクターで取り組まれている。
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