令和6年9月1日
ヘルスケアサービスにおけるエビデンス構築への産業保健分野のデータ活用
畿央大学教授 松本泉美この著者の書いた書籍
国民の健康づくり対策である「健康日本21(第三次)」は,2番目の目標として「個人の行動と健康状態の改善」を掲げ,今年度から開始されている。この目標は,一次予防としての生活習慣の改善に該当し,設定の指標には,先行研究による科学的根拠(以下、エビデンス)が用いられている。
何をどのように介入すれば,よりよい効果が得られるのかということを重視するうえでは,このエビデンスを確保することが重要となる。そのためには,疫学手法としての大規模なコホート研究による生活習慣と疾患罹患の関連特定以外にも,日本人を対象とした介入研究を必要とし,その研究成果としてのエビデンス構築が喫緊の課題となっている。
行政が住民に提供する保健事業としてのヘルスケアサービスがある。例えば,運動や食事・喫煙習慣の改善を目的とした介入である各種教室は,参加者が少数で,参加者の均一化や対照群の設定,継続的な追跡調査が難しく,質の高いエビデンスを得ることが困難である。また,文部科学省や厚生労働省の科学研究助成を活用した多様な介入研究も展開されているが,研究の特殊性や対象者規模から質的に有用なエビデンスが確保できているとはいえない状況である。
そこで着目したいのが,産業保健分野で展開されている「健康経営」である。これは,従業員の健康管理を経営的な視点で考え,組織ぐるみで戦略的に実践するヘルスプロモーション活動である。大企業であれば数万人単位の規模となる。健康診断受診率が100%という目標を柱に,食生活・運動・喫煙等の健康課題への介入が,従業員へのヘルスケアサービスとして行われている。
また,社会的認知にもつながる,特に優良な健康経営を実践している法人に与えられる「健康経営優良法人認定」を受けるためには,実施内容とその結果を申請書に記述する必要がある。そのため,企業は創意工夫を凝らした多様な取り組みを展開し,従業員全員が参加できる取り組みがどのように行われているかを確認でき,結果まで可視化可能なアプリ開発も盛んに行われている。
これらの取り組みは,従業員のヘルスリテラシーの向上にもつながる。また,医療保険者である健康保険組合との協働を前提とするコラボヘルスとして,両者の明確な役割分担のもと,加入者である従業員の疾病予防と健康づくりを効率的・効果的に実行することにもつながる。介入効果は健康診断結果による評価が可能で,保険者によるレセプト情報と合わせて治療開始の確認が可能なビッグデータでもある。
筆者は,中小企業労働者の健康支援の研究でこの健康経営の研究に取り組んでいる。
近年,中小企業においても健康経営参画が増大しており,介入の質と結果の整合性の確認等,課題があるものの,このビッグデータの活用は日本人を対象としたエビデンス構築が可能であると考えている。
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