
令和8年1月1日
現代の漬物は嗜好品に
元共立女子短期大学教授 小川聖子この著者の書いた書籍
炊き立てのご飯に好みの漬物。そのおいしさに,一膳余計に食べてしまうかも。かつて漬物は,食事になくてはならないものでした。無形文化遺産の「和食」の献立「一汁三菜」にも漬物がみえ,茶事の懐石のしまいには湯桶と漬物,会席料理で「次はお食事になります」と声をかけられれば,ご飯と汁と漬物のことをさしています。
筆者は,博士課程で日本の野菜の漬物の文化史を研究しました。漬物は,歴史的,地域的に多くの種類があり,かつては莫大な量が生産消費され,素材や味の工夫がなされてきました。江戸時代には漬物の指南書が出版され,漬物専門店も多くありました。晩秋の江戸の武家屋敷には,干した大根・塩・ぬかを運び込み,大樽に1年分のたくあんを漬けにやって来る練馬の大根農家もいたのです。
漬物は遺跡には残らず,始まりを示すのは文字史料です。初見は奈良時代,長屋王邸跡の木簡に書かれた『進物 加須津毛瓜 醤津毛瓜 醤津名我 加須津韓奈須比右種四物 九月十九日』です。貴重な醤や粕を用いた,尊い人への進物としての珍味でした。なすは「韓奈須比」の表記から,渡来した新顔野菜であることがわかります。漬物は,熟成によって醸成され,ご飯を食べるための味付け的な食品であり,保存食でした。香り,歯ごたえもよいことから重宝され,酒の肴やお茶請けの側面もありました。落語の「長屋の花見」では,たくあんや大根漬け(ぬかみそ漬け)が,貧乏人の食べ物として登場します。一方吉原では,花魁たちが作った美味な梅漬けが,なじみ客への手土産となっていました。漬物はケの日(日常)の食品で,時に贈答品,そして季節の風物でもありました。
しかし近年,コンビニ弁当のご飯の真ん中に鎮座する赤い梅干しや桜色の大根漬けを見かけなくなりました。学校給食のカレーには,15年以上前から福神漬けは添えられていません。漬物の消費量は,ご飯の消費量とほぼ同じ減少曲線をたどり,ご飯が下げ止まってもなお減り続けています。おかずの種類や量が十分となり,ご飯を多く食べるための漬物の役割がなくなりました。加えて,国が食塩の1日摂取目標量を,男性7.5グラム,女性6.5グラム未満と示したことも関係し,減塩は食生活の目標となりました。では,漬物はなくなってしまうのか?
存続する未来があるとしたら,「嗜好品的な存在」かもしれません。「嗜好品」とは,健康維持のために食べるべき食品ではないけれど,無いと淋しい,いわば心の栄養。お酒・お茶・お菓子,タバコなどをさします。筆者が漬物を食べたくなったら「これは嗜好品である」と,思うことにしています。ご飯や塩分の摂りすぎは,明日以降の食事の調節で相殺しよう,と。
日本には,地域限定・季節限定の漬物がまだまだ多くあります。京都の聖護院大根の千枚漬け・すぐき漬け,長野の新物の野沢菜漬け,山形の雪菜のふすべ漬け・焼畑赤かぶの甘酢漬け,大阪の泉州水なすのぬか漬けなど,故郷の味の記憶は大切な食文化です。家庭の手作り野菜の漬物も同様です。
漬物の存続は,嗜好品として大切に,時期と機会を決めて楽しむハレの日(特別な日)の「嗜好品としての意識」だと考えます。
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