平成21年1月1日
遺伝子対応栄養指導
女子栄養大学副学長 香川 靖雄この著者の書いた書籍
現在の医療は「根拠に基づく医療 EBM」の時代である。EBMは多数の被験者について,例えば栄養素の必要量を求め,あるいは薬剤の無作為対照化試験で有効量を測り,その平均値に基づいて行う医療である。EBMは個人差を無視したため,新薬で医療事故が多発した。例えば肺癌特効薬イレッサで,日本では死者599名を出したが,これは第二相解毒酵素の遺伝子多型で重篤な副作用が起きたためである。
遺伝子対応栄養指導で知られるのは,肥満遺伝子に対するエネルギー制限であるが,これはわずか10%程度の安静時代謝の個人差に過ぎない。しかし,微量のビタミン,薬物などの代謝量の個人差は数十倍も異なる例があり,治療不応や副作用が多い。抗コレステロール薬のスタチンの不応頻度は30~70%もあり,筋障害も多発する。また,ビタミンK代謝に関与する2つの遺伝子VKORC1とCYP2C9に多型があるため,ワーファリン維持量に1㎎~17㎎と大きな個人差が現れる。多すぎれば血栓死,逆に少なすぎれば出血死の危険がある。
そこで遺伝子検査が奨められる。個人対応指導などは昔から匙加減として行っていると思う医師が多いのである。しかし,遺伝子対応指導と匙加減とでは科学性・予見性・永続性が基本的に違う。匙加減は治療してみてから効果に応じて経験的に投薬量を変更するので,初回の肺癌特効薬の投薬で死者が出たり,投薬量不足の間に癌が転移する場合がある。匙加減は理由を不問にする科学性の欠如がある。肺癌治療の標的分子であるEGF受容体や遺伝子多型を解析してはじめて安全に使用できるのだ。
匙加減は発病しなければ使えないが,脳梗塞・二分脊椎症など重篤な疾患が起きてしまえば,匙加減で治ることはない。
何の症状もない健常者の将来の危険を予見して予防できることは遺伝子対応栄養指導の大きな利点である。例えばメチレンテトラヒドロ葉酸還元酵素遺伝子のTT多型は人口の15%を占め,脳梗塞がCC多型の3.5倍も発生しやすい。国民の推定必要量平均値から求めた葉酸推奨量に140μgでなく,400μgを投与すれば一次予防が可能である。
遺伝子多型情報は生涯不変という永続性があるため,何度も診断する必要はなく,家族歴も推定でき,将来の診療カードには重要な多型情報を記入することが予測されている。遺伝子対応医療を標榜したミレニアムプロジェクトなどは巨億の研究費でも実用化できなかった点が評価委員から批判されたが,実用化には,管理栄養士との協力と迅速・簡易・安価な多型解析法が不可欠なのである。
遺伝子解析はGWAS(ゲノムワイド関連研究)の時代となり,微量栄養素の多型の効果が従来のビタミン学を変革している。上限量の定められていないビタミンCの過剰による筋肉発達障害や,ビタミンB1のサイアミノキナーゼ多型による低体重児もわかった。
欧米の遺伝子対応栄養指導はビタミンの使用が多い。この新しい流れを理解していただくため,建帛社から日本ビタミン学会監修,香川靖雄・四童子好廣共編『ゲノムビタミン学―遺伝子対応栄養教育の基礎―』を出版した。
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