平成24年1月1日
大規模原子炉事故後の環境放射能汚染と私たちの暮らし
東京大学大学院教授 小佐古 敏荘この著者の書いた書籍
東日本大震災とそれに続く津波は,予想をはるかに超えるものであった。二万人近くの犠牲者と被災された方々にお見舞い申し上げたい。東京電力福島第一原発での原子炉事故も合わせて発生し,事故は炉心溶融まで進み,大量の放射性物質が放出された。
事故後8か月が経過し,事故対応は復旧期に入っている。公衆の放射線防護には深い考察が必要である。広域の環境汚染,食品等の汚染を完全に排除することは困難で,小さい放射能リスクではあるが,長期の被曝状況が続いている。国際放射線防護委員会(ICRP)はこの状況を「現存する被曝状況」と呼び,放射線防護の指針を定めている。
現在の公衆の長期被曝状況に対しては,これらの考え方を展開し,対応することになる。ほうれんそう,小魚,地域の空間線量,校庭での空間線量,がれきの処理,茶葉・食肉の汚染など,個別事項が現れるたびに対応が取られるが,一貫した放射線防護の考え方で対処すべきであろう。ただし,その基準の適用には現場の意見反映が必要で,ステークホルダー(利害関係者)との調整を経て,最適化を図りつつ行う必要がある。
環境影響へも系統的な対応を図るべきだ。行政はわかりやすく情報を国民に発信し全体の工程表を明示する必要がある。それを以下にまとめた。
〔大気,気圏から陸圏への影響〕
放射性雲が運んだダストはすでに雨などにより放射性降下物として地上沈着している。その影響,再浮遊を検討する。
地表へ沈着した核種は早期の調査・公表が必要で,汚染マップは以降の各作業の基礎となる。居住生活圏,農耕・牧草地,森林部に関連するものも必要になる。放射性物質の移行状況を適時把握し,農畜産物への影響を常に予測し,早めの対策と注意喚起,指示の発出が肝要である。
〔水圏への影響〕
炉心冷却用に注入された冷却水や海水が海洋に流出した例もある。降雨で水系に流入した降下物を掌握する必要もある。地下水汚染,海底堆積物の汚染評価に加え,それらが藻類や軟体動物などの水生生物に及ぼす影響の見積りも必要だ。
森林の落ち葉などに蓄積された放射能は長期にわたり放射能の源となり河川の汚染を引き起こす。川底堆積物となり一種の「濃縮」が起こる可能性を排除すべきではない。
〔放射能の環境汚染からの食品への影響評価〕
現在は,食品中の重要核種はセシウムが主要だが,セシウムは半減期30年の137以外にも,半減期2年のセシウム134がある。これ以外では半減期29年のストロンチウム90がある。この核種は内部被曝時に親骨性であり留意の必要がある。空中飛散は広範囲に及ばないが,冷却水が海洋にいき,海水,海底土を汚染する。海藻,貝など海底に生息する魚介類の調査などがいる。
〔行政の対応〕
行政側は環境の放射能汚染の除染に努めるのみならず,公衆の被曝線量評価と健康への影響の見積りを適時評価し公表すべきであろう。福島県以外での線量評価も国,県などの仕事となる。
〔環境・健康影響評価〕
客観性・公平性を確保するためにも国際原子力機関(IAEA)などとの国際協力による評価・検討が必要となろう。特にロシアの情報は有益で,早期の政府の対応が肝要である。
〔放射能の拡散,汚染の影響〕
東北,関東圏を中心に広範囲にわたっており,人々の関心は茶葉,魚,野菜などの食品,環境中の汚染土壌,その除染,乳幼児を含む子どもたちへの影響,などなど私たちの暮らしに及び,従前にも増した放射能リスクの理解が求められている。
以上を踏まえて,幼稚園,小・中・高・大の学校等における関係者の放射線の理解と生徒父兄への説明が広く求められている。それが教育の中で位置づけられれば,人々の安全・安心を考えるうえでの大きな助けとなるであろう。
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