平成24年1月1日
障害者権利条約と障害者制度改革
筑波大学大学院教授 小澤 温この著者の書いた書籍
2006年,国連総会において「障害者権利条約」が採択された。これまで,「国際障害者年」とその理念の具体化ための計画としての「障害者に関する世界行動計画」,「国連・障害者の十年」の終了後に国連で採択された「障害者の機会均等化に関する標準規則」など,障害者の権利に関する理念,行動計画,規則は存在していたが,拘束力のある条約はなかった。法的な拘束力のある条約として「障害者権利条約」が国連総会で採択されたことは各国の取り組みの実効性を推進する点で,きわめて大きな意義を有している。
「障害者権利条約」は前文と本文50か条から構成されている。これらの条文は,これまでの国際人権法における人権規定を踏襲しているが,この条約においては,障害者の権利として明確化し,権利保障を実効のあるものにする点で重要である。また,この条約で特に重要視されていることは,「合理的配慮」という考え方である。障害者が権利を行使できない環境に置かれている場合,個々の状況に応じて,その環境を改善したり調整したりする必要がある。個々の状況に応じた環境の改善,調整を怠った場合は差別として位置づけることができる点は重要である。
また,条約および規定の実行のために,国内モニタリングを行う中心機関を各国政府内に,国際的なモニタリングを行う中心機関(委員会)を国連に設置することを規定したことは,条約の実効性の面で大きな推進力となる。
日本では「障がい者制度改革推進会議」(以下,「推進会議」とする)が内閣府に2009年に設置された。推進会議では,障害者権利条約の批准と国内法の整備,障害者基本法の抜本的な改正,障害者差別禁止法,障害者自立支援法に代わる総合福祉法などの案件の検討が2010年1月より行われている。
現在,政府は,障害者権利条約の批准に関して,国内的な環境整備を進めようとしている。仮に,障害者権利条約の条文および規定に国内の法制度が抵触すると解釈される場合は,迅速な見直しが必要である。また,障害者権利条約に明確に抵触していない場合でも,この条約の趣旨にそって,法制度を整備していくことが必要である。そのため,政府にとって,障害者権利条約の批准の前に,国内法との整合性を考えることは喫緊の課題である。
障害者権利条約の批准に必要な障害者基本法改正の骨子案として推進会議の第二次意見書が2010年12月にまとめられた。この中では,社会モデルの考え方を踏まえた障害の定義の見直し,障害者権利条約における「地域社会で生活する平等の権利」の確認,必要な支援を受けた自己決定に基づく社会参加の権利の確認,手話等の使用およびコミュニケーション手段の利用,の四点が障害者権利条約との関係を考えるうえで特に重要な点である。その後,第二次意見書と障害者基本法改正法案との間には,かなりの開きがあるという批判もあり,最終的に,障害者基本法改正法は2011年8月に成立した。しかし,少なくとも,障害者権利条約を意識した初めての法律であり,これまでの日本の障害者福祉の基盤を大きく変える可能性は高いと思われる。
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