令和2年9月1日
今日の子ども家庭福祉の内実
山梨県立大学教授 山田勝美この著者の書いた書籍
子どもたちの置かれている問題状況は深刻化しているといって過言ではない。子ども虐待は直近の数字では年間16万件,いじめの認知件数も年間約54万件となっている。この数字は一向に減少の気配がみられない。虐待もいじめも,「力の弱い者に対する暴力」であると仮定すれば,暴力という問題現象が広がりをみせているといえよう。
他方,非行は減少の一途をたどっている。少子化もその背景のひとつと考えられるが,なぜ虐待やいじめ,そして子どもの貧困も増加しているといわれているにもかかわらず,非行は減少しているのだろうか。
筆者は,いわゆる「非行の第三ピーク」の世代である。中学生の頃,隣の中学校の廊下をバイクで走って捕まった少年がいるとか,卒業式に私服警官が来ていて先生に対する「仕返し」行為を行わないように見張りをしていたという話もあった。当時の子どもの反抗の対象は,「大人」であり「社会」であったように思う。
いつしかその怒りや反抗の対象は,自分より力の弱い者へ向けられる時代となったのかもしれない。そうだとすれば,それはなぜなのだろうか。その答えを出すことは難しい。しかし,確かに広がりつつあるもののひとつが「無力感」なのかもしれない。
虐待する人のひとつの心理的特徴として指摘されるものがある。それが「無力感」である。無力である自分が弱い者を支配する,その手段として使用するものが暴力だというのである。
筆者は,大学で「子ども福祉論」の講義を担当している。「いじめ」の話を講義で取り上げると,学校において「同調圧力」を感じ,とても息苦しさを感じた経験があると声をあげる学生が少なくない。しかも,学校には比較的知的で外見もよい子ども集団が,他の学生を支配する構造ができあがっているようで,目立つ行動をすればいじめの対象となりやすいので,いかに目立たないようにするかに気を配っていたという。ここにあるのも「いうことをきかないと排除する,いじめの対象とする」という意味での「支配」である。
社会の中に所得格差が広がりつつあるといわれて久しい。子どもたちはどこかでそうした社会は何をしても変わらないという「社会に対する無力感」を感じているのかもしれない。それゆえに向けられる眼差しは,自分でコントロールできるもの,つまり,弱い者へと向かわざるを得ないのかもしれない。そして,そうした社会を変えられない無力感は自分の現状をも変えられないものとして投影され,激しく,厳しく弱い者へと向けられるのだろう。
ではどうしたらよいのだろうか。どこに希望をもつことができるのだろうか。その答えを出せないのはむろん筆者の非力さゆえである。だが,ひょっとすると,その答えを出せないほどに絶望感は広がりをみせているのかもしれない。だが,それでもあきらめてはいけない。無力感と向き合いながらも,希望をどこに,いかに見いだすのか,自問し続けたい。
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