令和2年9月1日
おいしい水
東京家政大学教授 小関正道この著者の書いた書籍
1955年以前の日本中の水道水はおいしいといわれていましたが,1970年頃から東京や京都などでは,においに対する不満が強くなりました。主なにおい物質は藻類がつくるかび臭などで,これらが生成した水を水源としている地域の水道水は,まずくなったのです。しかし最近の東京都の水道水の味は改善され,水道水と国産ミネラルウォーターの飲み比べを実施した結果,6割近くの人が東京都の水道水のおいしさは「ミネラルウォーターと遜色ない」と判断したことが発表されました。
このように評価がよくなった理由は,高度浄水処理施設を設置し,かび臭物質などを除去したからです。しかし,高度浄水処理をすると費用が増えるため,日本中どこでもできることではありません。
東京都水道局の主な浄水法は急速ろ過浄水法といわれる方法です。この方法は川などから取り入れた原水に,アルミニウム製剤のような凝集剤を加え濁り物質を凝集沈殿させた後,鉄やマンガンなどの金属を酸化除去し,アンモニア態窒素などの酸化分解を行うために塩素を加えます。その後,砂層で急速ろ過し,最後に塩素消毒して水道水にします。しかしこの方法だけだとにおい物質などは除去できないため,生物作用による高度浄水処理が必要になります。もちろん原水がおいしい良質な地下水などであれば,処理せずに水道水にすることができます。そうでない場合には水道水をおいしくするために,生物の作用を利用することが必要になります。では,生物作用により水をおいしくするためには,高度浄水処理しか方法がないのでしょうか。
浄水法の始まりは急速ろ過浄水法ではなく緩速ろ過浄水法でした。緩速ろ過浄水法は生物作用のみによる浄水法で,凝集剤や塩素などの薬品は一切使用しません。プールのような浄水池の底に高さ一メートル程度の砂層をつくり,原水を1日4~5メートルの流速で上から下へ流します。流し続けて数週間すると砂層表面に生物叢が形成されます。この生物叢は微生物や藻類の膜を形成し,浄水池には原生動物や甲殻類なども発生します。これらの生物群集の相互作用により,有害な微生物やウイルスを捕食したり,水に溶解している有機物を分解したり,金属類を酸化し除去する生物作用のみの浄水方法が緩速ろ過浄水法です。
東京都水道局の水道水は最後に生物を作用させる高度浄水処理を行うことにより,はじめておいしいといわれるようになりましたが,緩速ろ過浄水法は生物作用のみによる浄水法で,昔から行われている臭みのないおいしい水道水をつくる浄水法なのです。東京都新宿区の都庁舎やその周辺の高層ビル群ができる前,その地には淀橋浄水場という緩速ろ過浄水場がありました。しかし1960年から廃止に向けて動き出し1965年1月に完全停止しました。浄水法が発明されたイギリスの首都ロンドンの浄水場は,現在でもすべて緩速ろ過浄水場で,おいしい水をつくっています。
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