令和6年1月1日
伝統的発酵食品を科学的に解明する
聖徳大学教授 齋藤昌義この著者の書いた書籍
伝統食品というと,何か古臭いもの,というイメージをもつ方もおられるでしょう。しかし,現代の私たちの食生活においても,伝統食品には様々な意義が認められます。たとえば,伝統食品が地域の食文化と密接に関係しており,祭りなどの文化とも切り離せないものとなっている例が多くあります。特に発酵食品は,地域にある材料を在来微生物で発酵させたもので,地域ごとに特色のあるものが存在します。
このような伝統的発酵食品は,海外でも注目されています。開発途上地域の農山漁村では,様々な伝統的な発酵技術が伝えられています。一方では,国全体の発展に伴い加工食品が大量生産され,特色のあるものが消えつつあるという危機にも直面しています。私たちは,海外での伝統的発酵食品を対象に,様々な発酵技術の科学的解明に取り組んできました。その例を2つ紹介します。
中国には,豆腐を発酵させた「腐乳」という食品があります。沖縄の「豆腐よう」は,この腐乳が伝わり改良されたものです。腐乳は,塩分が多く調味料として使用されることが多いのですが,最近では,減塩した製品が望まれています。ただし,発酵には麹菌などが用いられ,塩分濃度が異なると発酵状態にも影響を及ぼします。
中国における研究では,腐乳の発酵中にはたらく酵素であるβ ―グルコシダーゼの活性を測定しました。製造中に塩分濃度が上昇すると,この酵素活性が低下し,イソフラボンの糖鎖が切断されるなどの反応が抑えられることを明らかにしました。そのため減塩によって,このような酵素活性を維持することができ,吸収性のよいイソフラボンの生成などのメリットがあることが示されました。
タイ東北部やラオスでは,淡水魚を原料とした魚醤が日々の生活になくてはならない調味料です。これらの魚醤では,地域によって仕込みに使用される塩分量が異なることがわかっています。各地域の魚醤の発酵に関係する乳酸菌を調べたところ,塩分濃度の高い魚醤では,耐塩性の乳酸菌がはたらいており,塩分濃度の低いものとは異なる乳酸菌が重要であることが示されました。このことは,発酵における塩分濃度の重要性を示しており,製造者の生産管理にも役立つ知見となりました。
伝統的な発酵技術は,製造する人の経験によって維持されてきました。今日では,微生物相の解明や,酵素活性の解析により,製造工程が科学的に説明できるようになりました。このことは,たとえば,塩分濃度などに関する消費者の嗜好性にあった製品をつくるなど,技術の改良,発展に結びつく知見であります。また,製造における発酵の失敗の原因が示され,製造工程の管理にも役立つものと考えています。
多くの伝統食品が消えることは,地域文化の多様性が消えることに直結します。人々の生活の発展によって消えつつあるものを科学的に解明し,特色を活かした製造技術を維持することは,食文化と結びついた多様性を維持する観点からも重要だと考えています。
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