建帛社だより「土筆」

令和7年9月1日

研究開発は「壁を越える」快感が醍醐味

武庫川女子大学教授 鈴木靖志この著者の書いた書籍

学食創造科学科の教員として教鞭を執る前,私は食品の研究開発に20年携わり,仕事のやりがいと楽しさを感じてきた。

創造科学科には,将来食品企業で研究開発者として働くことを志す学生が多く在籍する。入学時の学生に食品開発のイメージを尋ねると,「才能ある人が華やかなアイデアを閃く世界」や「最先端技術でキラキラしたものを生み出す世界」といった答えが返ってくる。しかし,実際には泥臭く地道な試行錯誤を続ける現場である。だが,そこにこそ研究開発の醍醐味があり,「できない」という壁を越える瞬間に真のおもしろさが詰まっている世界といえる。

究開発の道のりは,まるで霧の中の迷路を進むようである。「社会が本当に求めるものは何か?」「ユーザーの潜在的なニーズをどう引き出すか?」「この技術で果たして人々に価値を提供できるのか?」等,疑問は尽きず,常に不確実性と向き合い続ける。

もこれまで幾度となく迷路に迷い込んだが,その数ある経験の中から,高齢者向けの食品開発の例を紹介しよう。

れは,加熱も冷却もせず,どんな飲料でもゼリー状に変えることを目標とした画期的な食品の開発であった。嚥下が難しい方でも,温かい味噌汁も冷たいお茶も楽しめる世界を夢見て,何としても実現したいと強く願った。しかし,この目標は想像以上に高い壁であった。

に困難を極めたのが,理想の状態にするための,増粘剤,ミネラル,キレート剤の配合バランスである。これらは互いに影響し合うため,1つを調整すると別の部分に予期せぬ変化が生じてしまう。何十回もの試作では,ただの粘性の液体になったり,ゼリーになってもすぐに離水してしまったりと失敗の連続であった。「本当にできるのか…」と何度も挫けそうになった。それでも「なぜ失敗したのか」「次は何を変えるか」を徹底的に議論し,仮説を立て挑戦を続けた。試作と検証を重ねるうち,少しずつ光が差してくる瞬間があった。バラバラだったパズルのピースが少しずつ繋がり,全体像がぼんやりと見えてくるような感覚である。そして,ついに「これだ!」と確信できる配合にたどり着いた。すべての飲料が理想のゼリーに変わった瞬間の「できた!」という感動は今でも鮮明に覚えている。この壁を突破しようとする前後のワクワク感こそが,研究開発の面白さの真骨頂といえる。

究開発の魅力は,完成した商品を世に出す達成感だけではない。その過程で味わう小さな「できた」の積み重ねこそが,自分を大きく成長させる。直面する課題に挑む中で論理的思考力や問題解決力,チームで協働する力が育まれ,「新しい価値を生み出せる」という自信にもつながる。特別な才能や完璧なアイデア等は必要ない。大切なのは「おもしろそう」と感じる好奇心と,「どうすればできるだろう?」と挑戦を楽しむ探究心である。

ひ多くの若者が未完成の自分を恐れず,「研究開発」の世界に飛び込んでくれることを願っている。困難の先で待つ,最高の「できた」が,きっとあなたを待っているはずである。


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第122号令和7年9月1日

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