令和7年9月1日
旅は「本能」ツーリズムは「ろくろ」のように
淑徳大学教授 千葉千枝子この著者の書いた書籍
山紫水明,青い海や緑濃い山々を眺めて心が癒された体験を,きっと誰もがお持ちではないでしょうか。「旅をしたい」,「未知の世界を探究したい」という欲求は,人類の遺伝子の中に組み込まれているようです。
近頃は,インバウンドの増加によってオーバー・ツーリズム(観光公害)が社会問題になる等,世間でも観光への関心が増しています。日本では,「観光」そのものをツーリズムと訳して,様々な場面で多用していますが,本来の「ツーリズム」は民俗や文化等も抱合した広い意味があります。
その「ツーリズム」の語源を紐解くと,もとはラテン語で,陶芸に用いる「轆轤(ろくろ)」を意味します。人々がぐるぐる廻るさまは,現代の私たちの観光行動になぞることができるでしょう。客船クルーズでの周遊観光や歴史地区での街歩き等,そこで暮らす人たちと同じ空気を吸って,当地の食を堪能し,そこでしかできない体験に挑戦するのも,旅の醍醐味で心に深く刻まれます。
こうした体験型観光(コト消費)は,やがて一期一会のトキ消費へと変遷を遂げ,季節や目的をたがえて時機をみて再訪するようになっていき,リピーターが育まれていくのです。循環しているのがわかります。
さて,旅は遊興という楽しいイメージをお持ちかもしれません。ですが歴史的にみると,太古の旅は,実につらく苦しいものでした。旅の原型は「聖地巡礼」にあります。宗教上の聖地や霊場には容易にたどり着けず,道半ばで命を落とす者もいました。大学で学生たちに講義をしたときのこと,聖地巡礼をアニメ用語と信じて疑わなかったと告げられたことがありました。そこで,伊勢神宮や長野・善光寺を例にあげると,妙に納得した表情になりました。
さかのぼること江戸時代,治安維持等を目的に各所に関所が設けられ,人の移動が制限されるなか,庶民に唯一、許されたのが「お伊勢参り」です。しかも驚くことに,当時の参拝・参詣旅は現代の旅行業の仕組みが,すでに確立していました。例えば,宿の手配をする「用立所」は,さながら旅行会社です。また,先達や御師とよばれる案内人(ガイド)もいました。国際観光に例えるとすれば,「関所」はイミグレーション,「通行手形」はパスポートでしょうか。
何しろ命がけの旅です。目的地まで確かにたどり着いた証しとして,餞別をくれた人たちへ土産を買って帰るようになりました。ご存じの通り,今でも伊勢神宮の参道には多くの土産物店が軒を連ねています。そして,宿場町や街道沿いの温泉地には,ホテルや旅館が営々と生業を築いて今に至っているのです。
観光立国への途上にある日本が,今後も発展するために重要なのは人材育成と筆者は考えています。旅が本能であるのならば,産業は今後も発展することでしょう。その産業を担う人材の育成こそが,自身に課せられた使命です。
現代の旅は「楽しいもの」。そのためには笑顔を絶やさず,コミュニケーションスキルを磨くことが重要だと,学生たちには伝えています。
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