建帛社だより「土筆」

平成20年1月1日

学会創立六十周年に当たり

日本家政学会会長               文化女子大学大学院教授  田村 照子この著者の書いた書籍

 「戦後の焦土の上に…人間生活の豊かな発展を願って,まさに平和の学問であるべき家政学の学会活動が開始された……」本学会創立四十周年によせて,当時の日本学術会議第六部長三村耕氏はこのように述べておられる。



 本家政学会は,本年創立六十周年を迎えた。学会の今日あるのは,1949年の学会設立以来,家政学という新しい学問分野を創生しつつ学会活動を推進され,社団法人化,日本学術会議への登録,国際協力の組織化など着々と進めてこられた,歴代会長はじめ多くの先達のたゆまぬ努力と研究蓄積のおかげであり,後に続く者として,ここに深甚の敬意と謝意を表するものである。



 て創設期の家政学者との交友の中で,三村氏は,「工学博士,農学博士,医学博士,理学博士それに文学博士などが立派な材料を持ち寄って家を建てる前の小田原評定の最中といった姿だね」「その悪口は三回聞いた」などのいささか揶揄を含むやり取りがあったことをむしろ楽しげに紹介しておられる。ここに学会設立当時の縦割り構造の中で,既存分野からの研究者が一つの学問形成に向けて苦労された様子を伺うことができる。現在も家政学研究は時に蛸壺的と評されることがあるが,学問の発達過程における細分化は必然であって,各領域の専門化,関連領域からの知識の吸収・応用が,家政学全体の研究水準を高めるうえで果たした役割は小さくない。これらの研究が日本人の生活に貢献してきたことは,学会創立五十周年記念出版の『日本人の生活―50年の軌跡と21世紀への展望―』(建帛社,1998)に,さらにその後の10年については,家政学会誌57巻1~9号(2006)におけるシリーズ「家政学と暮らしとの関わり」にみることができる。とはいえ,家政学が,三村氏の言う「人間生活の豊かな発展を願う平和の学問であるべき家政学」として十分であったかといえば,この点に関してはややトーンダウンせざるを得ない。



 に20世紀後半から21世紀にかけて,日本人の生活には,従来の縦割り研究ではカバーしきれないさまざまな課題,家族・消費者・資源・環境問題等が浮上した。学会ではこれに対応すべく,特別委員会「生活の質を問う」を立ち上げ,生活の中で感じる不具合,その背景にある社会要因を考察する試みを行った。結果「20世紀の科学技術の進歩・効率優先競争社会は,大量生産・大量消費・大量廃棄の社会システムを生み,日本人の生活にさまざまな影を落とした。家政学は未来に向けて,生活を,社会を,地球環境を従来の経済の論理ではなく,安全・公正・共同・平和を重視する生活者の論理に立脚して見直す必要があり,同時に経済的発展が生活に及ぼす得失についても配慮すべきである」との意見集約を行った。



 の後,学会では家政学各領域の専門性と生活全体を俯瞰する総合性のバランスをどうとらえるかが大きな課題となり現在に至っている。これに応える方策として,年次大会では,400件以上の研究発表を通して専門性を高める一方,学会としてはできるだけ変化する社会のニーズに対応するテーマを取り上げ,「安全・安心・豊かな社会を目指して」(2006),「暮らしと環境(仮題)」(2007)など分野横断的かつ官産学民共同によるフォーラムやシンポジウムを企画している。また年間12冊刊行の日本家政学会誌にも論文以外に,生活に関連するホットな情報,意見等の提供を企画し,シリーズ「暮らしの最前線」では,性感染症,大人用オムツ,食品とアレルギー,食品添加物,リサイクルとごみ問題,父親の子育て,生活用品の事故,男女共同参画社会の実現等を取り上げている。



 学会は,本年5月30日~6月1日の3日間,日本女子大学を会場に創立六十周年の記念大会を開催する。大会中のフォーラムは学会の将来構想特別委員会による企画で,いま家政学に求められる研究・教育のあり方,特に家庭科教育や介護福祉などの関連領域との連携,生活関連企業との交流,今期日本学術会議生活科学コンソーシアムとの連携のあり方等について会員相互忌憚のない議論を期待している。人生の六十年は還暦である。ここで改めて学会の初心に立ち返り「平和の学問であるべき家政学」に向けて,学会活動を推進したいと考えている。

目 次

第88号平成20年1月1日