平成20年9月1日
保育所保育指針の「改定」
「保育所保育指針」改定に関する検討会座長 大妻女子大学学長 大場 幸夫 この著者の書いた書籍
今回,保育所保育指針の改定に関する検討会に加わる機会を得た。検討会の委員は,これまでの保育指針の改定に携わった経験者も多く,保育,幼児教育,子育て支援,小児保健,食物栄養,労働政策の実践・研究など多彩な陣容であった。このことは,今日の多様な社会的状況の問題に直面しつつ行われた指針の告示「化」・規範「化」が,いかに指針自体に重い位置づけを与える作業であったことかを示していると言えよう。
今回の改定で,指針の構成は全13章から全7章となり,本文はおおむね半減した。もちろん量の半減は,質の半減を意味しない。指針改定の目指すところは,質の高い保育を実現するための最低基準に匹敵する位置づけであった。子どもの権利を護るという児童福祉の理念を基盤とする児童福祉施設の一つである保育所は,現代のすべての子どもの最善の利益を守る拠点としての役割を明確にした。保育所は,長い間一貫して子どもの生活と育ちを支えるという最も重要な「子どもの権利擁護」を具体的に担っている。その実践に鍛えられた保育者(保母から保育士へ)の理念・知識・技術は脈々と継承されてきている。
私は,保育所の巡回相談員として30年余現場に臨んで,子どもの生活や育ちについて保育者との相談を続けてきた。そこで保育士の子どもとのかかわりの様子を目の当たりにして,子どもの日常を支えるという実践の重要さを実感してきた。同時に,この実践の重さに比例して,その実践に対する社会の不理解さをひしひしと感じてきた。この構図は,残念ながら現在もほとんど変わらない。「子どもの最善の利益を守る」というと聞こえはいいが,実際にはそのことに対する社会的な認識は概して低い。子どもの世話は誰でも容易にできるとでもいわんばかりに,学問・学歴優位な社会状況は,具体的な日常性の濃い保育の営みや保育士の働きを疎んずる風潮を増殖させている。
私はこのところ,保育士と新指針を学習する機会を少なからずもっている。その場で,繰り返して言うことがある。それは「福祉の現場は末端ではなく先端である」ということである。指針改定を機に,なによりも保育士自身の発想の転換を切望している。最も憂慮されるのは,保育士自身がその自覚を逸して,日常に埋没してしまう場合である。同時に,周囲の関係者にもこのことを実際に触れて確認してもらいたいという願いをもっている。実践に勤しむ保育士のワーク・ライフ・バランス問題を忘れてほしくない。すでに多くの教え子が定年を迎える歳になっている。彼らのメッセージを受け取る度に,燃焼しきった働きぶりのみが印象づけられ,心が痛む。
保護者の育児と仕事の両立のために,これまで保育所は家庭の補完としての役割を前面に掲げてきた。その働きはこれからもしっかりと担いつつも,時代のめまぐるしい変貌のなかで,家庭生活だけでなく,地域の生活,メディア社会を,人と共に生きるという感性や能力を身につけていけるように,保育士と子ども仲間との新しい生活の場としての保育所の役割はますます重要になっている。
そのような役割を実際に担う人材養成のあり方も,見直してみる必要があるだろう。「人手」として,大量の保育者を必要とした時代の要請に則った養成のあり方も,今この機会に「改定」を求められていないだろうか。子どもの日常を支える保育実践者を,養成校はどのように育てていくのか,新たな現場の声に耳を傾けなければならないと思う。
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