平成20年9月1日
貪欲を嗤う
佛教大学教授 鈴木 勉この著者の書いた書籍
ギリシア神話に,身体に触れた物すべてを黄金に変える能力を授けられたミダス王を描いた作品があるのはご存知だろうか。
ミダス王はもともと巨万の富の持ち主であるのに,なお貪欲に黄金を求める王として有名であった。ミダス王はあるとき,ディオニュソスの養父(教師説もある)を助けたお礼に望みを叶えようといわれ,「私が触れる物すべてを黄金にしてほしい」と答えたという。ディオニュソスは,翌朝から望みどおりになるよう魔法をかけた。翌朝目覚めたミダス王は,手当たり次第いろいろな物に触り始めた。すると,ディオニュソスの約束どおり,そのすべてが黄金に変わったのである。こうして大喜びしたのも束の間,朝食を食べようとしても,食べ物すべてが黄金に変わってしまい,何も飲食できなくなってしまった。飢えに耐えかねたミダス王は,ディオニュソスに魔法を解くよう懇願した。ディオニュソスはこれを聞き入れ,「パクトルス川の水源を探し,そこに身体を沈め自分の過ちを反省しなさい」と言い,ミダス王は自分の愚かな考えを悔い改めたという。
この寓話を思い出したのは,「すべてのものを商品に,そして黄金に」といわんばかりの,新自由主義的グローバリゼーションが引き起こしている社会的災厄を目前にしているからである。昨年夏のサブプライムローンの破綻をきっかけに,巨額の投機マネーが原油や穀物などの商品市場に流入し,生活物資の価格高騰をもたらしている。数日前に見たテレビニュースでは,主食のトウモロコシ代が4倍に上がり,飢えにさらされたアフリカの母子の姿が紹介されていた。
「資本主義の暴走」といわれるが,「暴走」はこれにとどまらず,従来は市場原理に馴染まないと考えられてきた福祉や保育・教育・医療などの社会サービスを,新自由主義の信奉者たちは商品に転換し,これらのサービスの供給に営利資本を参入させて利潤追求の場に変えようとしている。すでに介護や障害者福祉サービスは,正札をつけた商品に変えられ,あくなき利潤を追求する者への新たな市場として開放されているのである。
そして今,介護や人材派遣業務を黄金に変えたコムスンとグッドウィルは,介護保険の詐取等の不法行為を繰り返し行い,遂には断罪され,市場から退出した。介護サービス利用者や派遣労働者にはなんらの後始末や保障も行わずに,である。まことに「わが亡き後に洪水は来たれ」と言わんばかりである。
ついでながら,グッドウィルの会長だった折口雅弘氏が,日本経団連の理事に名を連ねていたことが思い出される。
ところで,ミダス王は先にあげた黄金騒動を経て,貪欲な自己を反省したはずであるが,その後「王様の耳はロバの耳」という話も残している。この詳細は略すが,権力者ミダス王の独善を揶揄するオチとなっている。
ミダス王は紀元前7~8世紀の人といわれるが,権力者がもつ野放図な黄金欲求と支配欲求は今でもあまり変わっていないと感じるとともに,それらに対する法的・社会的規制を強化しないと,環境破壊以前に地球的規模でのカタストロフィーに見舞われるのではないか,と強く危惧している。
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