平成21年1月1日
保育にかかわる他の専門職の保育理解は?
大東文化大学准教授 金澤 妙子この著者の書いた書籍
私が未満児クラスで食事をしていたときのことである。私の目の前で,おかわりのサラダを食べながら,ミチオ(3歳3か月)は「ミー,またおかわりする」と言う。私は,「そうだね。また,おかわりしようね」と答え,彼の言葉を担任に伝えた。担任は「ミチオは際限なく食べるからだめだよ」と私に言う。その脇で,たまたま居合わせた栄養士が「子どもはまだ自分の適量がわからないからだめ」とぴしゃりと言った。その言葉を聞きながして「朝ごはんを食べてこない子?」と担任に聞くと,そうだということだった。共働きの核家族家庭だという。
それから「子どもはどのようにして自分の適量を知っていくのだろう」と疑問が湧いた。保育者と栄養士,私,それぞれがどう考えているのかも気になった。しばらくして,栄養士の発言の背景にある子ども観は保育における子ども観ではないと気づいた。「子どもはまだ~できない存在」とする子ども観は,私をはじめ多くの人の中にある。だが「子どもは自ら様々に外界に働きかけ,やりとりしながら学んでいく有能な存在」というのは保育を専門にする者には周知のことである。それゆえ保育者は目の前の一人ひとりをよく見,周囲の状況も考慮しながらかかわりを模索する。3度目のおかわりはだめだというかかわりは同じでも,保育者と栄養士では根底にある子ども観が異なると感じた。
保育者は,他の様々な専門職と連携して保育にあたることを求められている。保育実践を丁寧に見直そうと保育者が集う場に足を運んでいる立場で側聞するかぎり,保育講習会などで栄養士や臨床心理士などが講座を担当することがよくある。しかし,その逆はどうだろう。保育者だけが保育にかかわる他の職種の専門知識を学ぶことを要請され,懸命にそれに応えようとしている―そんな気がずっとしていたが,その傾向は強くなっているのではないか。
先日ある市を訪れた。臨床心理士が園を訪問する回数は年間50回ですでに雇用契約(時給額は保育者の3倍弱)されていて「お呼びがかからないと,次年度の予算計上に響くので呼んであげて」と役所の担当者から要請があるそうだ。仕方なくA君のことで依頼すると「B君も気になる」と言い,一人でいることが多いと問題にし出した。B君のその姿を友達関係の幅の狭さによるととらえていた保育士は,内心「勝手に気になる子にしないで」「A君をちゃんと見てくれればいいから…」「気になる子をつくりにくるようだ」と思い,同時に,若い保育士が臨床心理士の話にはよく耳を傾ける姿にも首を傾げていた。
「栄養士が配置されている場合は,専門性を生かした対応を図ること」(保育指針)「専門的な技能を有する職員の役割が重要です。…職種の専門性を活かして…」(同解説書)―保育の場で子どもが健やかに育つためには,職業としての保育者がいればそれでいいというわけではない。栄養士や調理員・看護師・保健師・臨床心理士や作業療法士などと連携して子どもを見ていく必要が増している時代である。それだけに,保育にかかわる他の専門職の保育理解と保育の場での専門性のいかし方が気になる。保育者の仕事はそれらの下請けではないからだ。「保育にかかわる者の専門性とは何か」―自分の中でペンディングにしていた問いに,もう一度向かう力が湧いた。
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