平成24年1月1日
保育者の「早期離職」という問題
岡山県立大学准教授 池田 隆英この著者の書いた書籍
子どもの健康で安全な生活を保障し,家庭や地域への支援を提供する保育は,この社会の存続にかかわる大切な営みである。それだけに,近年,保育への社会的ニーズが高まり,保育者の質的向上が望まれている。ところが,保育者の労働条件や労働環境は十分に理解されておらず,これらが改善される道筋はついていない。
保育士は約42万人,幼稚園教諭は約十万人といわれ,「専門的・技術的職業従事者」という労働市場で大きなウエイトを占める。今,保育者の労働環境は大きな転換期を迎えている。少子化対策としての子育て支援・次世代育成のプロジェクト,国庫補助負担金改革,規制緩和といった諸施策が展開している。一方,保育者の職務は多様化・複雑化し,正規雇用者の減少,ストレスの高まり,養成・研修段階での専門性の確保,さらには保育者による園児への虐待事件などが社会問題化している。
このような背景にあって,保育者は類似の「専門的・技術的職業従事者」と比べ「早期離職」の傾向が強い。「早期離職」とは,養成課程を終えた保育者が就職後の数年間に離職する現象を指す。特に,幼稚園教諭はその傾向が強く,既卒後五年間でおよそ50%が離職し,現職のおよそ50%が勤続五年未満である。本来,職務の向上には,養成段階から研修段階にわたる経験の積み重ねが不可欠である。しかし,早期離職がある状況では職務の向上はなかなか見込めず,施策,現場,利用者のレベルで大きな損失といえる。
近年,「ストレス社会」の到来が社会問題となり,メンタルヘルスへの対応が施策や研究において改めて注目されている。しかし,その一方で,保育者のストレスについて,計量的な調査はほんの数えるほどで,実態の把握が進んでいない。日本において,1950年代に始まった保育者の調査は,当初,保母の労働環境や労働条件などの「労働問題」を主題としていた。しかし,保育の施策や機能,あるいは保育者の職務や考え方への期待が高まる一方,「労働問題」への関心は薄れてきたように思われる。
こうした研究事情の中,近年では,保育職務を「感情労働」としてとらえる研究も現われ,全国保育士養成協議会は保育者の計量的調査を行っている。筆者らも,保育者の職務内容を総合的に理解することをめざした調査を行った。保育者の勤務年数が長いほどサービスは向上し,保育者の力量が高いほどストレインは低くなる傾向が読みとれた。特に,若い保育者のストレインを弱めるには,①共有的風土づくり,②保育実践の厳選,③マナーなどのスキルアップ,④保護者支援の研修がカギになる。
本来,労働環境や労働条件の整備という問題は,個々の保育者や園のレベルを超えた施策上の課題となるべき事がらであるが,保育者の置かれた状況が十分に理解されているとはいえない。その背景には,私たちのもつ言説が横たわっている。保育者に対して,聖職者論を残しながら専門職論へと移行しているが,これらは実態とかけ離れやすい。私たちは,保育者の職務内容やストレスについて議論できる,労働者論の基礎となる十分な資料を持ち合わせていない。まずは「事実を見つめること」が優先される課題であろう。
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