平成30年9月1日
「新しい社会的養育ビジョン」と子育て環境
日本女子大学准教授 和田上 貴昭この著者の書いた書籍
子どもは,どこで育てられるのが幸せなのであろうか。家庭が一番であろうか。これは難しい問いだ。家庭は親密な関係を構築しやすいため養育環境として適しているが,同時に閉鎖的な空間にもなり得る。今年3月に目黒区内で発生した5歳児の死亡事件において,加害者となった親は外との関係をもたなかった。養育において家庭はリスクを抱える環境でもある。
「新社会的養育ビジョン」(以下「ビジョン」)は,昨年の夏に厚生労働大臣の諮問機関が出した報告書である。子育て家庭への支援から親子分離後の支援まで,今後政府が子育てをどのように支えていくのかについて幅広く記されている。この中で子どもは家庭で育つべきという考えの下,これまで施設養護が支えていた日本の社会的養護体制を変革し,里親の割合を大幅に増やすこととした。
しかしこれには批判的意見も少なからずあった。その一つが社会的養護の中核を里親が担えるのかというものである。平成25年2月の厚生労働省の調査では,被虐待体験をもつ子どもの割合が里親委託児童のうち約3割であるのに対して,児童養護施設入所児童では約6割となっているが,里親委託児童の割合が高くなれば里親家庭においても多くの被虐待児を受け入れざるを得ないだろう。施設では保育士や心理療法担当職員,個別対応職員等の専門職の配置により,チームでの専門的な養育が可能なため,被虐待児のように対応が難しい養育において役割を分担し取り組んでいるが,里親養護は家庭であるがゆえに里親とその家族以外が直接養育に携わるのは困難であり,里親の負担は大きくならざるを得ない。
また,同調査では,児童養護施設で暮らしている子どものうち593名は里親家庭からの措置変更で入所した子どもたちとなっている(里親に委託されている子どもの総数は4,534名)。理由は様々であろうが,何らかの理由により里親家庭での養育が困難となったと考えられる。「ビジョン」では,里親制度に関する包括的業務を行うフォスタリング機関の整備等により里親養護を支える体制をつくるとしているが,支援体制が整っていない現状で委託児童を増やしていくのは里親に大きな負担をかけることとなる。
子どもの養育の場として家庭環境が適切であることは,子どもの権利条約の観点からみれば最善の利益にかなう。したがって,里親養護は国として推進すべき方向であることに間違いはない。ただ,里親養護は家庭における養育であり,その点に対する配慮が必要である。家庭での養育は,親密度は高まるが,閉鎖的にもなり得る。児童虐待はその親密性と閉鎖性から生じる。都市化の進んだ現代社会において,家族だけで子育てを行うことは困難だ。近隣の人々や友人,保育者など,家族以外の人々との交流によって子どもたちは育まれる。つまり,里親を一つの家庭としてとらえる視点が必要なのである。里親養護においても公的機関による支援だけでなく,地域の中で支えられる環境づくりが急務であろう。
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