平成30年9月1日
「食」と「栄養」どちらが大切?
熊本県立大学教授 南 久則この著者の書いた書籍
筆者は管理栄養士養成施設に所属している。養成施設の名称には「栄養」「食」「健康」がつくものが多いが,それぞれに違いがあるのだろうか。
「食・栄養」の立場から健康や医療に寄与できる管理栄養士の養成とよくいわれるが,「食」と「栄養」は同格か,どちらかが上位に位置するのか,あるいは異なった概念を並べているのかと,モヤモヤとしている。このことを整理することは,管理栄養士教育の基礎に何を据えるべきかを考えるとき重要である。
「栄養」は栄養素が体内で消化・吸収,利用,代謝等により,人体機能に様々な影響を与えることと定義される。「栄養」は栄養素(物質)を利用し,人体機能(状態)を変化させることであり,栄養状態は「栄養素」の摂取状況のみならず,体内での栄養素の利用状況,利用効率等の影響を受けている。また,特定の栄養素の代謝状態を変化させ生体に特別な変化を生じさせることが可能である。
一方,「食」に関する語句には食事,食物,食品,食料,食糧等(物)と,食欲,摂食,食育等(行動)がある。本人の意思でおいしい物を経口的に,喜び・幸福感を伴い食べるというイメージを連想させる。
「食」と「栄養」の関係を考えてみたい。エネルギーの過剰摂取は,消費しきれないエネルギーを体内脂肪量の蓄積へと導き,その結果肥満が生じ様々な代謝疾患の原因となる。エネルギー摂取量の調整は,食事量や食行動等の「食」に関する介入で可能である。一方消費エネルギー量,運動・身体活動,体内ホルモン動態等を考慮した「全身の栄養状態」を考慮した介入・評価が同時に必要である。
たんぱく質エネルギー栄養障害(protein energy malnutrition; PEM)は,たんぱく質とエネルギーの摂取量不足により生じるが,COPD(慢性閉塞性肺疾患)などでは体内でのエネルギー消費量の増大によりPEMが生じる。PEMの原因が明らかに「食」(食事摂取量,食品の質,食事摂取の方法,食品知識の欠如等)に起因する場合は,「食」の立場・視点からの対応が必要であるが,「食」以外の場合には,多方面からアプローチし「栄養」に介入する必要がある。
胎児期の低栄養の暴露が成人期の生活習慣病罹患率を増大させることが証されている。これは「食」に起因する「栄養状態」の変化が,世代を超えて健康に影響することを示している。
これらのことから,「食」は「栄養」の重要な因子であり,介入手段である。しかしながら,「食」のみではなく「運動」「身体状態」「遺伝」「食に頼らない栄養法」「環境」等が連動して「栄養」に介入し身体機能や健康状態に影響している。こう書くと「栄養」が「食」の上位に位置する感じがする。しかし「食」は「喜び・幸福感を伴う」大切な役割を担っている。
結局「栄養」と「食」は同格ではないが,決してどちらかが上位に位置するものではないというのが筆者の結論である。管理栄養士・栄養士の使命が人を幸せにすることなら,「栄養」の意味・効果をよく理解し,「食」を主体として,しかし「食」だけに頼らず,対象者に寄り添った総合的な対応ができるよう教育することが必要である。
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