建帛社だより「土筆」

令和3年9月1日

ニュージーランド乳幼児教育カリキュラム『テ・ファーリキ』の魅力

IPU・環太平洋大学教授 中原朋生この著者の書いた書籍

 筆者らは,ニュージーランド教育省の正式な許諾を受けて,同国の乳幼児教育カリキュラム『テ・ファーリキ(Te Whariki)2017年版』(英語編)を日本語に翻訳し,解説を付けて建帛社より出版する機会を得た。そこで本稿では,テ・ファーリキの魅力について記したいと思う。

 テ・ファーリキは,先住民であるマオリ族と欧州系移民が培ってきた“二文化主義”に基づくカリキュラムである。それは,次の4つの原理と五つの要素を織り合わせたファーリキ(マオリ語で敷物を意味する)として乳幼児教育を創り出す。この枠組みは,1996年初版において提示され,2017年改訂版にも堅持されている。

  【4つの原理(プリンシ
    1,エンパワメント/WHAKAMANA
    2,ホリスティックな発達/KOTAHITANGA
    3,家族とコミュニティー/WHĀNAU TANGATA
    4,関係性/NGĀ HONONGA

  【5つの要素(ストランド)】
    1,ウェルビーイング/MANA ATUA
    2,帰属感/MANA WHENUA
    3,貢献/MANA TANGATA
    4,コミュニケーション/MANA REO
    5,探究/MANA AOTŪROA

 原理(プリンシパル)は,乳幼児教育を創り出す保育者側の基本原則である。最も重視される原理,「エンパワメント」は保育者が子どもの潜在的な能力を引き出す原理であり,マオリ語ではWHAKAMANAの言葉が与えられている。これは「先祖から受け継ぐ魂」を意味する。

 要素(ストランド)は,子どもたちの学びと発達を促す領域に相当し,日本の保育内容5領域(健康・人間関係・環境・言葉・表現)と近い概念である。ストランドの語源は,織物における「より糸」であり,同じ質の経験が束になり,より深く広い経験を創造することを意味している。

 5つの要素は,テ・ファーリキ独自の保育内容論である。「ウェルビーイング」では子どもが心身の健康をベースに社会的な幸福を生み出す。「帰属感」は子どもが心理的かつ物理的な居場所を創っていく。「貢献」は子どもが相互に尊重しながら協働していく。「コミュニケーション」は,子どもが言語的な表現と非言語的な表現(身振り・手振り・絵・造形等)を創っていく。「探究」は子どもが環境との相互作用の中で様々な現象に不思議を感じ,研究していく。

 この4つの原理と5つの要素を織り合わせた敷物(ファーリキ)は,乳幼児教育の3つの側面を象徴している。第一に身体・知性・魂・心が総合的に織り込まれていく“子どもの豊かな人格”。第二に敷物を紡ぐ人々には知識・スキル・時間・共同性・芸術性が必要であり,乳幼児教育に携わる“保育者に必要な力量”。第三に敷物は人・場所・モノと子どもとを紡ぎ合わせる“環境”である。テ・ファーリキは静的な敷物ではなく,あらゆる子どもの足元に常に存在し,共に移動しながら,保育者・環境・人を繋ぎ合わせる動的なものである。

 このように,テ・ファーリキの魅力は欧米流の発達理論・教育理論と,マオリ族の子ども観・教育思想が融合した,柔らかく大きな敷物をあらゆる子どもたちのために創っていくことにある。今後もこの魅力を探究したい。

目 次

第114号令和3年9月1日

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