建帛社だより「土筆」

令和3年9月1日

訪問教育

愛媛大学教授・全国訪問教育研究会会長 樫木暢子この著者の書いた書籍

 皆さんは「訪問教育」をご存じだろうか?

 訪問教育とは,疾病等により通学して教育を受けることが難しい児童生徒に,教員がその居所に教育を届ける制度である。訪問先は,在宅療養中の自宅や病院,肢体不自由児施設等で,病弱・身体虚弱,重度重複障害(重症心身障害)のある子どもたちが対象である。訪問教育は全国的に週3回,1回2時間を目安とされており,通学に比べて圧倒的に授業時間数が少ない。

 主治医の指導の下,家族等が行う医行為を「医療的ケア」という。1980年代から増え始めた医療的ケア児は「基本的に訪問教育」とされ,通学を希望する場合,保護者が付添って医療的ケアを行うことが求められた。保護者の負担や母子分離などの観点から,学校内における医療的ケアへの対応が議論され,2012年4月,社会福祉士及び介護福祉士法の改正で,学校教職員による医療的ケアの実施が法制化された。

 この法改正により,医療的ケア児は保護者の付添いなしで通学できるようになったため,在宅の訪問生が通学を目指すようになり,人工呼吸器をつけた子どもたちも通学するようになった。一方で,訪問教育は医療・福祉施設にいる子どもたちや,重症度の高い子どもたちの教育を保障する役割を担い続けている。

 2020年は新型コロナウイルス感染症による全国一斉休校があった。訪問生も同様であっただけでなく,学校再開後も感染防止対策による訪問回数・時間数の制限から,教育を受けられない状態が続いた。

 同年秋に全国訪問教育研究会が実施した「コロナ禍における訪問教育」に関する調査では,教育を受けたいと願う訪問生や家族,感染の恐怖と闘いながら教育を届けようとする教員の姿が,浮かび上がってきた。これまで以上に細やかな配慮が必要となり,子どもたちに触れることが制限され,週1回,1回10間の授業のみという医療・福祉施設もあった。「学びを止めるな」という全国の流れから,訪問生は置き去りにされている。

 文部科学省のGIGAスクール構想により,国公私立の小・中・特別支援学校等の児童生徒へ各1台のタブレット端末等の配布が進んでいる。令和3年1月に中央教育審議会より出された「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して」(答申)では,臨時休業時や病気療養,不登校の子どもたちに対して,遠隔教育を活用することが提言されている。学習機会を保障するために非常に有効な手段ではあるが,発達期の子どもたちは人とのかかわりの中で成長していく。友だちや教員との直接的なかかわり,学び合いは豊かな人間形成に不可欠である。同じような障害の状態でも,通学生は週5日,全日授業を受けることができる。

 訪問生は年々減少し,2020年度には特別支援学校在籍児童生徒の2%弱となった。「普通」の生活の中では見えにくいが,確実に存在する訪問生たちの教育条件の改善が求められている。

目 次

第114号令和3年9月1日

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