建帛社だより「土筆」

令和7年9月1日

フードケミカルバイオロジーとは

宮崎大学教授 山﨑正夫この著者の書いた書籍

たちの身の回りは化学にあふれている。化学というのは様々な現象や働き等を物質レベルの視点から捉える学問である。その1つに「食品化学」とよばれる領域がある。これは日々の食事に含まれるタンパク質やビタミン,ミネラルといった様々な物質の基本的な働きを学問にしたものであり、それらの多くはヒトの体にとっては欠かせない(必須の)働きとなる。

本人は緑茶を飲む習慣があるが,その歴史は古い。緑茶は,平安時代に遣唐使が唐から持ち帰った貴重な薬としての記録がある。また,鎌倉時代には臨済宗の僧である栄西によって,「緑茶が体によい」とする記述も残されている。その後,徐々に一般的な食品となっていった。現代では,緑茶が健康によいことはヒト試験においても報告されていて,先人の知恵と経験が証明された形となっている。

方,緑茶を飲むことが生活に欠かせない人は多くいるかもしれないが,飲まなくても栄養面から緑茶欠乏症とはならない。これは,食品化学における『食品中にはヒトに必須の成分がある』という概念とは別に,『必須ではないが,摂取すると健康増進作用の働きをもつ成分がある』ことを意味している。これらは「機能」という言葉で表現され,現在では食品の必須の働きを「一次機能」,健康増進作用を「三次機能」と分類している。なお、「二次機能」は食品のおいしさや嗜好性にかかわるものとされている。

人の知恵や経験に基づく種々の食品の三次機能は現代に伝えられ,このような経験は学問へと発展した。ここ40年余りで,食品と三次機能の因果関係は科学的なデータに基づいて明らかにされつつある。例えば,緑茶の「苦さ」が三次機能として有効だとすれば,なぜ苦味が有効で,苦味成分とは化学的にどのような物質であるかが重要となる。

の点において,薬は有効成分や効果に対するメカニズムが明確である。例に,解熱鎮痛剤として一般的な成分にアセチルサリチル酸がよく知られているが,これは痛みや発熱の原因となる物質を合成する酵素を阻害する働きがある。薬はケミカル(化学合成)を用いて生物機能(バイオロジー)をコントロールできる存在である。

品においても化学構造が特定されている分子や原子はケミカル(有効成分)に含まれる。三次機能をもつ食品(フード)にもそのケミカル(有効成分)が存在し,生体機能(バイオロジー)において『健康増進作用をもつメカニズム』があると考えることができる。これらを新たな学問としたのが「フードケミカルバイオロジー」である。

品中の有効成分は,さながら役者が生物の中に設けられた舞台で多様な機能を演じているようにもとらえられる。複数の役割をもつ芸達者や別の舞台で違った一面をみせる役者もいる。フードケミカルバイオロジーは,食品から役者とその舞台を探すことである。きっと食品中にはまだ役者の原石がたくさん埋もれている。フードケミカルバイオロジー研究の進展で発見される役者とその舞台が,私たちの健康に貢献することを期待したい。


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第122号令和7年9月1日

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