聞こえの仕組み・聴覚障害特性を理解しコミュニケーション障害の克服・言語獲得の支援を学ぶ。聴覚検査法・評価やキャリア教育にも言及。
内容紹介
まえがき
特別支援教育免許シリーズ刊行にあたって
今,「障害」をはじめとする社会での活動や参加に困難がある人たちの支援は,大きな変化の時期を迎えようとしています。困難がある人たちが,積極的に参加・貢献していくことができる全員参加型の社会としての共生社会の形成が,国の施策によって推進されています。
同時に,政府は人工知能(AI)等の先端技術の活用により,障害の有無に関係なく,だれもが日々の煩雑で不得手な作業などから解放され,快適で活力に満ちた生活を送ることのできる人間中心の社会として「Society5.0」を提唱し,その実現を目ざしています。先端技術は,障害のある人の生涯学習・社会参画を加速させる可能性を有しており,Society5.0 の実現は共生社会の形成およびインクルーシブ教育システムの構築に寄与すると期待されます。その一方で,そのような社会が実現されたとしても,特別支援教育の理念やその専門性が不要になることは決してないでしょう。さまざまな困難のある子ども一人ひとりの教育的ニーズを把握し,そのもてる力を最大限度まで発達させようとする態度・姿勢にこそ,教育の原点があるからです。
さて,文部科学省によると,特別支援学校教員における特別支援学校教諭免許状保有者率は79.8%(2018年5月現在)と年々上昇傾向が続いており,今後は特別支援学級や通級による指導を担当する教員等も含めて,さらなる免許保有率の上昇が目ざされています。併せて,2019年4月の教職員免許法等の改正に伴い,教職課程の必修科目に「特別の支援を必要とする幼児,児童及び生徒に対する理解」が加えられました。
こうした流れの中,私たちは特別支援教育を学ぼうとする人が,当該領域にかかわる態度,知識,技能等をより体系的に学ぶことができる指導書が必要であると考えました。しかし,本『特別支援教育免許シリーズ』の企画立案時は,大きな変革に対応した包括的・体系的なテキストがありませんでした。
この『特別支援教育免許シリーズ』は,教員養成課程に入学し,特別支援教育に携わる教員(特に特別支援学校教諭)を目ざして学習を始めた学生や,現職として勤務しながら当該領域について学び始めた教職員を対象にした入門書です。シリーズ全体として,特別支援学校教諭免許状(一種・二種) の取得に必要な領域や内容を網羅しており,第1欄「特別支援教育の基礎理論に関する科目」に対応する巻, 第2欄「特別支援教育領域に関する科目」として5つの特別支援教育領域(視覚障害,聴覚障害,知的障害,肢体不自由,病弱)に対応する巻,第3欄「免許状に定められることになる特別支援教育領域以外の領域に関する科目」に対応して重複障害や発達障害等を取り扱った巻で構成しています。
なお,第1欄の巻は,基礎免許状の学校種に応じて,教職必修科目にも対応できる内容としています。また,第2欄と第3欄の巻では,各障害にかかわる① 心理,② 生理および病理,③ 教育課程,④ 指導法を一冊にまとめました。このように,免許状取得に必要な領域・内容を包括している点も,本シリーズの大きな特徴のひとつといえるでしょう。本シリーズが,障害のある子・人の未来を,本人や家族とともに切り開こうとする教職員の養成に役立つと幸いです。
このほか,第3欄においては,特別支援教育における現代的課題(合理的配慮としてのICT や支援機器の活用,ライフキャリア発達等)も取り上げており,保健医療福祉(障害児療育や障害者福祉)領域に携わっている人たち,そのほかさまざまな立場で支援する人たちにとっても参考となるでしょう。
なお,「障害」の表記についてはさまざまな見解があります。特に「害」を個人の特性(ハンディキャップ)ととらえ,「障害」の表記には負のイメージがあるという意見があり,「障がい」に変更した自治体・団体もあります。一方で,「害」は社会がつくり出した障壁(バリア)であり,それを取り除くことが社会の責務であると考え,「障害」を用いている立場もあります。本シリーズは,後者の立場に立脚して構成されています。学習・生活に困難がある人に対して社会に存在するさまざまな障壁が「障害」であり,本書の読者は教育に携わる者(教職員)として「障害」を解消していく立場にあると考え,「障害」という表記を用いています。
本シリーズの刊行にあたっては,数多くの先生に玉稿をお寄せいただきました。この場を借りて深謝申し上げます。しかし,刊行を待たずに鬼籍入りされた著者の方もおられます。刊行までに時間を要してしまいましたことは,すべて監修者の責任であり,深くお詫び申し上げます。さらに,本シリーズの企画を快くお引き受けいただきました建帛社をはじめ,多くの方々に刊行に至るまで,さまざまなご援助と励ましをいただきました。ここに改めて厚く御礼申し上げます。
2021年1月
監修者苅田知則
花熊曉
笠井新一郎
川住隆一
宇高二良
はじめに
特別支援教育の対象となる幼児児童生徒は,医学的器質的疾患を背景に有しています。したがって,教育にあたっては,その疾病の特性を知ることが大切です。特別支援教育領域の五つの障害種の中でも,聴覚障害は特に専門性が求められる領域です。日常生活の自立というよりは,聞こえの困難からもたらされるコミュニケーション障害の克服と,書記言語を含めた言語力の獲得が主目標となります。そのためには,出生直後から就労に至るまでの系統立った教育が欠かせません。多くの聴覚障害児は学校を卒業した後には,一般社会において障害のない人々に混じって就労し,生活していくことになるため,自立のためのセルフアドボカシーも身につけておく必要があります。
一方,近年の科学の発達はめざましく,聴覚障害児を取り巻く環境も変化してまいりました。人工内耳はもっともすぐれた人工臓器のひとつであり,全く聞くことが困難であった重度先天性難聴児でも,音を聴き取ることができるようになってきました。補聴器や補聴援助システムも格段の進歩を遂げています。しかしこれですべてが解決するわけではなく,たとえ人工内耳手術を受けたとしても重度難聴が軽度難聴に変わるだけであり,やはり日々の地道な研鑽が求められています。
第1章では聴覚障害教育の概要として,音が聞こえる,音を聴くということの意義,また聞こえの困難から生じる問題などについて,総論的に触れております。第2章では聴覚系の生理・病理・心理ということで,まず聴覚系の解剖や聞こえの仕組みについて述べ,続いて聴覚検査,特に医療の現場で実施されるさまざまな精密検査方法を示してあります。さらに,補聴器や人工内耳など音声言語を聴取するための手段,そして手話を含めた言語獲得のための方法やその評価について説明しました。第3章では,聴覚特別支援学校における教育課程の流れを示し,年齢ごとに具体的指導法について詳記しました。また,特別支援学級や通級指導教室の役割についても書面を割いております。最後の第4章では,聴覚障害児の生涯にわたる発達支援として,障害認識やアイデンティティ確立の重要性,さらには支援学校卒業後のキャリア教育や社会的自立・就労での問題点について説明しました。
執筆に際して教員養成課程で学生教育にあたっておられる教員の他に,医療や教育の実際の現場で日ごろ難聴児に直接指導をなさっておられるさまざまな職種の先生方にも依頼し,聴覚障害児教育を具体的に理解できるように努力いたしました。
聴覚障害教育を目ざす学生の入門書として,また現任の先生方の知識の整理に,少しでもお役に立てればと願っております。
2021年1月
編著者宇高二良
長嶋比奈美
加藤哲則
目 次
第1章 聴覚障害教育の概要
1 聞こえとは
2 聞こえの困難とは
3 ICFによる聞こえの困難がある人を理解する視点
4 特別支援教育・インクルーシブ教育の推進
第2章 生理・病理・心理
1 医学的基礎知識(生理・病理)
2 聴覚検査
3 医学的・心理学的介入
第3章 聴覚障害児の教育課程・指導法
1 教育課程
2 指導法
3 難聴特別支援学級と難聴通級指導教室
第4章 聴覚障害児者の生涯発達支援
1 障害認識・アイデンティティ
2 卒業後の発達・社会生活支援
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