ま え が き
この度,『美術科教育の基礎』を出版する運びとなり,感慨深い思いが去来しています。
本書は,1985 年(昭和 60 年)7 月に出版された『美術科教育の基礎知識』を藍本として内容を継承しています。その初版が刊行された当時は,現職教員の研修・研究を目的とした新教育大学や全国の国立大学の教育学部に教育学研究科の設置が進められてきたばかりの頃で,美術教員を目指す学部学生や現職教員の初任者を主な対象に「美術科教育」とは何なのか,その理論や実践に関する知見を網羅し,美術教育の全体像を俯瞰するような書籍の刊行が強く求められた時期でした。その意味で,『美術科教育の基礎知識』は極めてタイムリーな出版であったと自負しています。内容記述にあたっては,読みやすさを考慮して Q & A 形式を採用し,美術科教育の目的,理論と歴史,諸外国の理論,発達理論などを包括し,領域と内容についても造形遊び,絵や立体,構成・デザイン・工作・工芸・映像・メディア,鑑賞の各実践方法や教材等について数多くの専門家に執筆を依頼しました。
その後,学習指導要領の改訂時や時代の要請に合わせて,1991 年(平成 3 年),2000 年(平成 12 年),2010 年(平成 22 年)の改訂をしてきましたが,まさに昭和,平成,令和を通して,美術科教育の啓蒙に微力ながら尽力してきたつもりです。今回,更なる改訂に臨むにあたり,企画・編集の新たな担当者として文部科学省の視学官,教科調査官等を歴任した東良雅人並びに村上尚徳,そして鳴門教育大学から山田芳明を迎えて,『美術科教育の基礎』として生まれ変わることになりました。本書の題名について前回までの「基礎知識」ではなく「基礎」としたことは,美術科教育が知識のみならず,人間陶冶の一環として目指す,直観や感覚,想像力を研ぎ澄まし,図像やイメージに関する洞察力を育むことを見据えたことによるものです。
現代は知識基盤社会の到来と相まって生成 AI などに見られる情報駆動型社会が日常化しつつあると言われますが,同時に VUCA な(不透明で不確かな)時代状況も招いている中で,美術教育の重要性はますます高まっているように思われます。収束的な認知傾向が強まる一方で,感性や感覚に基づく拡散的な思考や柔軟な態度形成が不可欠となり,そのために美術教育の位置づけがより強化される必要があるのではないでしょうか。本書がそうしたパースペクティブを読み解き,美術教育の未来を築くための一助となれば幸いです。
今後,読者の皆様から多様なご意見や提案をいただき,よりよい書となることを期待していますので,皆様のご忌憚のないご意見をお待ちしています。
最後になりましたが,建帛社会長の筑紫恒男様には,40 年にわたる美術科教育の出版のご尽力をいただき,あらためて感謝の念に堪えません。そして編集担当の青柳哲悟さんには最初から最後まで,細かいところまでご対応をいただき,心より感謝しています。
2023 年(令和 5 年)12 月
監修者 福田隆眞・福本謹一