まえがき
本書は,教職課程の「教育の基礎的理解に関する科目」における「教育の理念並びに教育に関する歴史及び思想」に対応するテキストとして編集した。
学校教員の養成課程において「教育原理」がなぜ必要なのかという声をしばしば耳にする。初等中等教育は児童生徒の学びや生活を総合的かつ実践的に行うものであり,教育の基礎理論を扱う教育原理は,必ずしも教育の営みに直接かかわる性格のものではない,といった疑問が呈されて久しい。だが,学校という実践現場でこそ,基礎理論がどれだけの意味を持つのかを問い続けていく必要がある。きちんとした理論のないところにきちんとした実践は根付かない,つまり理論は実践の基底であり,実践は理論によって検証すべきものだからである。その意味において,教育原理,すなわち教育に関する基礎理論こそ日々行われる教育実践の意味を検証し,意義付ける役割を担っているのである。
書名となっている「教育原理」は,1949(昭和24)年制定の教育職員免許法および同法施行規則により,教職専門科目の1つとして位置付けられ,「教育原理(教育課程,教育方法及び指導を含む)」と記載された。その後約40年の時を経て,1989(平成元)年施行の教育職員免許法の改正により「教育原理」の科目名は姿を消し,教育の基礎的理解に関しては「教育の本質及び目標に関する科目」および「教育に係る社会的,制度的又は経営的な事項に関する科目」に分けられた。このうち,前者の科目を「教育原理」の名称で開講する養成校が多く,事実上「教育原理」は「教育の本質及び目標に関する科目」に位置付けられた。教育職員免許法のさらなる改正により,1998(平成10)年には「教育の本質及び目標に関する科目」から「教育の基礎理論に関する科目」へと改められ,そして2019(平成31)年4月には「教育の基礎的理解に関する科目」と現在の名称に変わり,その範疇に「教育の理念並びに教育に関する歴史及び思想」が位置付けられた。本書では,この理念・歴史・思想に軸を置き,教職課程のコアカリキュラムを十分に網羅しつつも,「教育原理」が誕生した当初からの経緯を踏まえた内容構成とし,それらが今日的な教育の実態や教育課題につながるような形でバランスのとれたものとなるよう心掛けた。
時代に対応して,日本の文教政策は変化し続けている。例えば2021(令和3)年の中央教育審議会答申を受けて,明治時代から続く「日本型学校教育」のよさをさらに発展させ,今日的課題である「学校の働き方改革」やGIGAスクール構想を進め,「個別最適な学び」,「協働的な学び」を実現しようとする「令和の日本型学校教育」も,その文脈として捉えてほしい。
本書に収められた諸論考は,教育学を学ぶ上で必要かつ不可欠な分野を包含しており,教育の本質を描き出している。読者への願いであるが,各論考の視座から教育の本質をつかみ取っていただくとともに,教育の本質を把握しようとする姿勢が,学校現場での教育実践の全体を理解することにつながると期待したい。
最後に,本書の刊行にあたり,その趣旨・目的に賛同して執筆を引き受けてくださった執筆者の皆様,本書の企画・編集を進めていくにあたり,その作業を常に温かい配慮と寛容をもって全面的に協力してくださった建帛社編集部の方々に深甚の謝意を表したい。
2024年3月
編著者 佐藤 環