平成20年9月1日
納豆の開発研究
共立女子大学教授 木内 幹この著者の書いた書籍
納豆の研究に触れたのは農林省食糧研究所(現独食品総合研究所)で納豆の研究を担当していた太田輝夫博士の下で門前の小僧になってからである。納豆は,原料が大豆・納豆菌・水だけで,他の発酵食品と比べてもはなはだ単純なものである。
そのうえ,製造法も一社のシステムが市場の90%以上の寡占状態であるから,納豆メーカーからはお叱りを受けるかも知れないが,素人にはどこのメーカーの納豆でも大同小異で,商品の差別化というようなきれい事をいう状態ではない。消費者が安いスーパーの日替わり目玉商品を購入するのはあながち間違っていないのではないか。
確かに,国産大豆だとか,有機大豆だとか,それなりに意味があるのだろうが,味をつけてしまえばさほど味も糸引きも変わらないようだ。最近は関東・東北の業者が大企業化してきて全国を席巻するようになって小粒大豆さらに極小粒大豆の全盛時代になっている。北海道産鶴の子の大粒大豆でつくった納豆などは大豆の甘い味がのっていて旨いものであるが高価であまり売れていない。
しかし,納豆の製品開発を研究していると意外に納豆はバラエティーに富んだ一面をみせる。納豆菌は枯草菌のうち,大豆に繁殖させたときにいわゆる「納豆臭」を発する細菌である。日本では現在三社から市販納豆菌が販売されているのだが,傍でみているとその中でも宮城野菌に対するメーカーの評価は,信仰に近いものすら感じられる。
食品総合研究所の頃,納豆メーカーの若い人たちが何人も当研究室に来ては自分の会社の新商品開発の一環として最も優れていると彼らが信じている宮城野菌を凌ぐ新しい納豆菌をみつけようとしてスクリーニングに励んでいた。しかし,スクリーニングした菌で製造した納豆はどうしても宮城野菌で製造した納豆よりも劣っていると言って,新しい菌をみつけられない人が多かった。あるとき,某社からあまり納豆を扱った経験のなかった若い人がやってきて,宮城野菌と比べることなくスクリーニングをしたところ,彼はうま味と糸引きが強い納豆を作れる納豆菌を見つけた。その納豆のにおいがやや強く他の人だったらきっと宮城野菌納豆よりもにおいが強すぎる,といって相手にしなかったであろう。最後に彼の会社はとうとう商品化にまでこぎつけた。
「スクリーニングで新しい納豆菌をみつけた」とか,「突然変異株で新しい納豆菌を作出した」という例をみると,不思議と全く別分野の研究者が納豆の研究を手がけたという例が多い。今から思い返すと,納豆菌といっても,微妙ではあるがそれぞれ特徴をもっていて,それらの個性をどれだけ大切に考えて取り上げるか,ということに尽きるようだ。
最近わたしたちも「やわらかい納豆」や「納豆ペースト」をつくる菌をみつけて研究しているが,いずれも納豆菌を初めて扱った助手と卒論生二人が200株以上の純粋分離菌で一株ずつ納豆をつくっては官能検査を繰り返して,一株ごとに「やわらかい」,「うま味が強い」などと記載していった挙げ句にみつけたものである。根気よくていねいに一株一株大事に味わって評価した彼女たちの努力の賜である。納豆の製品開発に関する限り,素人大歓迎である。
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