平成22年1月1日
食品機能研究と産学官連携・実用化を巡って
中部大学 准教授 津田 孝範この著者の書いた書籍
建帛社より『アントシアニンの科学―生理機能・製品開発の新展開―』の編著の機会を頂いた。幸いにも上々の評価で,多いに活用していただければ,と思っている。
この本の企画にあたって意識したのは,同社の『アントシアニン―食品の色と健康―』の発展的改訂版にすることと,「アントシアニン」の研究を価値あるものにするために,研究発表論文集のような本ではなく,基礎から応用まで網羅する参考書として,「産学官連携」の一助になりうるものをつくる,ということの二点である。
では産学官連携とはどうすればいいのだろうか。最近では,産学官とも同じアプローチのために競合する事例や大学発ベンチャーの勃興,企業側の大学等の技術シーズの効果的な利用の模索など混沌とした状況に感じられる。
近年,大学をとりまく状況は大きく変化し,食品機能に携わる研究者の公的資金の獲得においても,早急な実用化を視野に入れた研究が求められるようになっている。食品の研究は,もともと応用・実用化研究だ,という意見もあろうが,その中でも,基礎,基盤を担う研究がある。私は,大学は基盤になる研究を担うべきで,単なる商品開発をするところではないと思う。産学官がそれぞれの特徴を維持しつつ,どのように得意技を融合させて「価値」のある研究を推進し,具体的な形にすればよいのだろうか。
現在私が勤務している大学は私立大学であり,全国的に名の知られた大学ではないし,潤沢な研究資金がさしたる苦労もなく供給されることはない。むろん研究資金の不足は自分の不徳の致すところであるが,厳しい環境の中でも意義ある研究の在り方を日々模索している。その答え・目指す方向は,個々の考え方や状況,研究レベルにより異なると思う。ただ,これまでにいくつかのモデルケースも提示されている。しかし不肖・私の乏しい資源をもとにした貧困な発想のためだろうか,明確な答えは見いだせないでいる。
自分の至らぬ点はともかく,昨年9月に「日本食品科学工学会第56回大会」シンポジウムにおいてこのテーマを取り上げたところ,大変な反響であった。時間は限られていたものの,質疑とパネルディスカッションでは,「大学では基礎研究を推進してほしい」,「企業が大学を単なるアウトソーシング先と見ているのでは」という発言や,企業側からの「大学と共同研究しても仕事が遅い,期限が守られない,秘密保持が甘い」,といったご批判もあった。少なくとも個々の立場から別の立場に対してメッセージを送る機会にはなったと思う。是非第二弾を企画したいと考えている。
このようなことは,私のような未熟な発展途上の大学教員ゆえの悩みか,とも思う。しかしこの企画を通して,同じような悩みを持つ方が意外にも(先輩方も含めて)大勢いるということ,理想的な成功を収めている方は,おそらく不首尾な事例から学び,これまでの体験をもとにして,自己の研究スタイルや資源をニーズに対して巧妙にマッチングさせているのだな,と感じた次第である。
食品機能分野での基盤的な研究の「価値」をより高めるため「実用化」・「事業化」へ発展させる方策はどうすればよいのか。未熟な一大学教員の暗中模索は続く。
目 次
第91号平成22年1月1日
発行一覧
- 第121号令和7年1月1日
- 第120号令和6年9月1日
- 第119号令和6年1月1日
- 第118号令和5年9月1日
- 第117号令和5年1月1日
- 第116号令和4年9月1日
- 第115号令和4年1月1日
- 第114号令和3年9月1日
さらに過去の号を見る
- 第113号令和3年1月1日
- 第112号令和2年9月1日
- 第111号令和2年1月1日
- 第110号令和元年9月1日
- 第109号平成31年1月1日
- 第108号平成30年9月1日
- 第107号平成30年1月1日
- 第106号平成29年9月1日
- 第105号平成29年1月1日
- 第104号平成28年9月1日
- 第103号平成28年1月1日
- 第102号平成27年9月1日
- 第101号平成27年1月1日
- 第100号平成26年9月1日
- 第99号平成26年1月1日
- 第98号平成25年9月1日
- 第97号平成25年1月1日
- 第96号平成24年9月1日
- 第95号平成24年1月1日
- 第94号平成23年9月1日
- 第93号平成23年1月1日
- 第92号平成22年9月1日
- 第91号平成22年1月1日
- 第91号平成21年9月1日
- 第90号平成21年1月1日
- 第89号平成20年9月1日
- 第88号平成20年1月1日