平成24年1月1日
東日本大震災から学ぶ栄養・食生活分野における危機管理と対応
大阪市立大学大学院教授 由田 克士この著者の書いた書籍
昨年の10月末,岩手県釜石市の仮設住宅に居住しておられる方々を対象とする栄養調査に参画する機会を得た。調査地域へ移動する際,津波で壊滅した街並みが眼下に広がるのを見て,改めてその被害の甚大さを思い知らされた。これまでに,大学をはじめとした研究機関,職能団体等が被災地に入り,さまざまな調査や検証を実施し,その一部はすでに学会誌等で報告されている。しかし,被災地域が広大であり,未だその全容は明らかとはなっておらず,むしろこれからの取り組みが重要になってくるのであろう。
このうち栄養・食生活にかかわる分野においては,この度の震災以前に非常時の危機管理体制が十分に計画されていた自治体と必ずしも十分でなかった自治体で,初動の対応に大きな開きがあったことが明確化している。ある自治体は,市役所に勤務する管理栄養士が市内の各避難所へ食料を配分する責任を担い,自衛隊やボランティアなどへの炊き出しの依頼や役割分担を行った。このため,早いタイミングでのおにぎりや汁物等の提供が避難所で開始された。一方,隣接する別の自治体では,必ずしも知識が十分ではない事務系の管理職が各避難所へ食料を配分する責任を負ったため,初動の対応に遅れが生じたばかりか,自治体の管理栄養士は専ら,特定の炊き出しのみに追われ,その専門的な知識や技術は自治体全体の対応に生かしきれなかった。いかに自治体における危機管理体制の構築が重要であるのかが思い知らされる。
一方,この度の震災では,多くの地方自治体から行政栄養士が被災地に派遣され,職能団体である日本栄養士会や全国の大学等からのボランティアも現地入りし,さまざまな活動を行っている。また,厚生労働省でも避難所において食事を提供する際の計画・評価のために当面の目標とするべき栄養の参照量や食品構成例も公表した。これらの対応はかつてない程のものであって高く評価したい。ただ,これを適切に具体化し,真に必要な対応とするためには,栄養士・管理栄養士各々の能力や技量によるところが大きいと考えられる。専門とする分野が異なっていても,危機管理上,最低限必要なスキルを維持できるような,日頃からの訓練やトレーニングの必要性も痛感している。
ところで,被災者の多くが仮設住宅に居住するようになって,新たな問題も発生しているようである。これは,ある被災地の地元栄養士会の役員の方にうかがった話であり,未だ十分な検証が行われているわけではないが,特にひとり暮らしの中高年男性の食生活や食事内容に問題が多いとのことである。阪神淡路や中越震災の教訓から,自治体ではひとり暮らし世帯への家庭訪問や集会室等での茶話会などの催し物を企画し,孤立しないように取り組みを強化している。しかし,多くのひとり暮らしの中高年男性は,家庭訪問や各種催し物への参加を拒否する割合が高く,また,自ら適切な食事を調理することもできず,避難所で生活されていたときよりも,むしろ現在の食事内容のほうが乏しい場合も多々認められるとのことであった。したがって,今後の継続的な支援についても,引き続き私たちは真剣に考えていかなくてはならないことは明白である。
この未曽有の災害から,多くを学び,これからの適切な対応と未来への備えとしていくことが,私たちに課せられた使命なのであろう。
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