建帛社だより「土筆」

平成25年1月1日

iPS細胞に思う再生医学(再生医療)の将来

聖マリアンナ医科大学准教授  井上 肇この著者の書いた書籍

 2012年ノーベル生理学・医学賞は,山中伸弥教授のiPS細胞の受賞で決まった。しかし,メバロチンを発明し脂質異常症の治療に革命をもたらした遠藤章氏,青色発光ダイオードを発明し照明に革命をもたらした中村修二氏も有力候補であった。お二人ともタイミングの問題であって,早晩受賞することは間違いなく,日本人の研究力,技術力の高さを世界に見せつけた一年でもあった。

 年早々蒸し返すようで恐縮だが,現在の日本人の余裕のなさと焦りを露呈したのが,はからずも「iPS細胞の臨床応用」という某氏のねつ造研究である。

 中先生には足下にも及ばないが,とりあえず皮膚再生医療の実用化に成功した(もちろんiPS細胞ではない)人間として,また同時に再生医学研究の末席にでも座れるよう粉骨砕身する者として,あのでっち上げ研究は冗談ではすまされない。絶望感にも似たショックは大きかった。

 生医学研究は華やかに聴こえるが,名前の割に地味でアナログな泥臭い仕事である。結果の解析にも年単位の時間が必要である。なぜなら,「再生組織が寿命を全うするまで,正常に癌化せず機能できる」という結論が必要だからである。iPS細胞の樹立の影には,生きた細胞に何千通りの遺伝子を手作業で導入するという気の遠くなるような地道な作業があった。しかも完成してなお,癌化という問題が残っている。

 子生物学(遺伝子)研究という言葉も格好良く聴こえる。実際のところ,遺伝子・生化学研究は,その研究ゴールは遠大でも,目標の設定の仕方で比較的短いスパンで一話完結的にデータ(結論)を出すことは可能である。また遺伝子はデジタル情報であるために,コンピュータによる自動化も可能だ。高額な最先端の機器を華麗に操る研究者も,研究成果も凄くスマートに見える。したがって,単年度ごとに結果を要求する国の研究助成にとって,機器購入の支出も研究成果も目に見えやすくぴったりである。

 日,再生組織を移植した動物の排泄物にまみれ,動物の生存観察をし「正常に全例生存した」の十文字のみが研究成果で,どこに研究費を使っているかがわかりにくい私たちの研究とは雲泥の差である。こうなるとどうしても研究費は,単年度で密度の濃い成果が見込める分子生物学などの分野に流れる。

 究者にとって研究費の打ち切りはリストラに等しい。研究費獲得のためにねつ造をしてでも一発を狙いたい,という悪魔のささやきもわからないではない。実際,新聞各紙は,iPS細胞の樹立を『再生医療へ道を開く』と記し,明日にでも臓器再生が可能なごとき紙面が踊っていた。

 生医学(再生医療)とは学問であって,内科学や外科学と同じ意味である。iPS細胞は再生医療手段に過ぎない。したがって,疾患への応用は遠い先である。誤解を恐れずに言えば,日本国民の大半は,まだ再生医学という学問を正確には理解していない。それ故,世論が実用化を待てず急速に関心を失い,研究の火を絶やすことのないよう長い目で育てて欲しいと願う。それ程この学問は歴史も浅く,まだ弱々しい。

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第97号平成25年1月1日

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