建帛社だより「土筆」

平成26年9月1日

地域食・伝統食は機能性食品科学のシーズ

京都大学名誉教授 福井県立大学名誉教授  大東 肇この著者の書いた書籍

 能性食品という用語が世に登場してから三十余年。この間,関連学術や応用開発において着実な発展があった。その成果の最たるものは特定保健用食品(トクホ)と区分けされる食製品の出現であろう。

 の健康機能において科学的根拠を求める方向性はますます重要となってきているが,よくよく掘り下げてみれば,機能性食品の原点は地域食・伝統食にあると考えられる。例えば,トクホ製品として最大の成功例であるプロおよびプリバイオティクスの世界は,長寿域における腸内善玉菌(乳酸菌など)の摂取慣習がその源となっていよう。魚油(DHAやEPAなど)の世界も,心臓病や血栓など循環器系疾患の少ないイヌイットの食生活にその源を発している。最近,長寿・認知症予防の視点から注目されているレスベラトロールは,フレンチパラドックスに対する一回答として,赤ワインから釣り上げられてきた成分である。

 ,大豆,海産物などを主たる食材とし,発酵など独特の手法が相まって,わが国の食文化が成り立っていよう。このようななか,現存する食品には,栄養(一次機能)や味覚などの嗜好性(二次機能)以外に,“身体にいい”とする健康機能(三次機能)が長期にわたる経験から検証され,食品として定着してきた“伝統食”(郷土料理と言ってもいい)と言うべきものがある。筆者には,ここに機能性食品の真髄が隠されているように思える。

 えば,玄米を原料に十九世紀初頭に一地域食として生まれた醸造食品・黒酢である。米酢などに比べ著しく強い抗酸化性を有し,抗肥満,血圧降下,がん予防性などのほか,最近では,先のレスベラトロールと同様,長寿遺伝子の活性化を促すことが科学的に立証されつつある。古来よりわが国の食品として重要であった漬物も,よく考えてみると興味深い機能性食品である。すなわち,沢庵など旧来の醗酵性の漬物はわが国におけるプロバイオティクスの摂取源であったと考えられる。プロバイオティクスの摂取は世界的に共通の智恵であったことを感じさせる。そのほか,日本独特の不醗酵茶(緑茶)の製造・利用や海藻類の摂取などは,“食と健康”におけるわが国独自の食慣習と位置付けられる。健康機能に優れているがために定着してきた伝統食は,地域・地方に目を移せば,まだまだありそうである。

 い入れやあこがれで食品の健康機能を語る時代はもう過ぎた。あくまで,最新の科学に則った精緻な研究が求められることは当然のことである。機能性食品は,先人の努力・知恵により創成された折角の世界である。研ぎ澄まされた目で優れた素材を発掘し,その健康機能の検証や秘伝とも思われる製造法を精緻に解析するなど,まだまだ関連領域科学においてなすべきことは多い。これらを通じてもたらされる大いなる成果の恩恵に浴したいものである。

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第100号平成26年9月1日

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