令和3年9月1日
スポーツ栄養でエビデンスを使う,作る
東京農業大学教授 髙田和子この著者の書いた書籍
栄養サポートをする時,これまでに経験したことのないタイプの事例にはどう対応するか。選択肢としては,勘にたよる,経験した事例で近い事例を探す,同業者に相談する,教科書を読む,論文や専門的資料を探す,インターネットで検索するなどが考えられる。「エビデンスに基づいた○○」がすすめられているが,ピッタリなエビデンスがいつもあるわけではない。
「質の高い」といわれるエビデンスの中に,ある特定の事例にピッタリのものがある場合の方が少ない。
例えば,食事摂取基準は様々なエビデンスに基づいて作成されているが,あくまでもガイドラインである。様々な事例に対して大きく外れてはいないが,個別の事例では調整が必要である。
東京大学の佐々木敏教授は,それを道路のセンターラインや車道外側線にたとえている。個別の調整は,体重や健康状態など摂取量以外の指標との関係から行う場合や,対象者の生活習慣を考慮することが必要な場合もある。ガイドラインに従った調整(道路のどのあたりを走るか)には,経験や勘も必要とし,それができるのが専門家といえる。
それでは,スポーツ栄養ではどうか。この分野では,センターラインを越える超大型車や,ぐるぐる回りながら走る車など,標準的な範囲を超える事例が数多く存在する。競技別にはスポーツ栄養に関するエビデンスは多くはない。では,目の前に対象者がいるのに,エビデンスがないから何もしないのかといわれるとそれはあり得ない。
昨今の新型コロナウイルス感染症の治療と比べてはいけないが,明確なガイドラインがない事例でも,専門家としては現状でベストを尽くすしかない。
一方で,すべての事例に対してエビデンスを作ることは不可能である。だからといって,エビデンスがないまま放置してよいわけでもない。研究者の一端としては,活用できるエビデンスを増やしたい。しかし,スポーツ栄養でヒトを対象として質の高い研究をすることは難しい。
対象者の条件をそろえるだけでも,実施しているトレーニングは異なる場合が多いし,同じ競技レベルの対象者はレベルが高いほど人数が少ない(ゴールドメダリストは各種目に1人しかいない)。さらに,試合に向けて準備をしている選手にRCT(ランダム化比較対照試験)をお願いすることも難しい。
また,アウトカムの選択も悩むところである。筋力系や陸上のタイム等は測定できるが,審美系や球技系競技の競技力向上は評価しにくい。筋肉量や血液成分の各指標の値は,いくつであることが競技力向上に最も適しているか。その変化は本当に栄養の介入によって生じたのだろうか。
難しいことが多くても,エビデンスの使用者と同じように,専門家としてその時点でのベストを尽くすしかないと考えている。
今般,建帛社より『エビデンスに基づく競技別・対象別スポーツ栄養』を上梓した。スポーツ栄養のエビデンスについて現時点での最新研究成果と経験豊富な公認スポーツ栄養士の実践事例をまとめたものである。実践者,研究者の両者にとって活動の一助になれば幸いである。
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