令和3年9月1日
医師の働き方改革と多元連立方程式
埼玉コンピュータ&医療事務専門学校教務部主任・社会保険労務士 清水祥友この著者の書いた書籍
医師不足と病院勤務医の過重労働の問題は,2006年頃から顕在化したが,現在でも4割近い勤務医が過労死レベルの年960時間を超える時間外労働をしている状況であるという。
勤務医の負担軽減策は,①供給数(医師),②需要(患者の受療行動)の調整,③医療の効率化の3つの観点から考える必要がある。
医師数は年々増加しており,厚生労働省の試算によると,現在の医師養成数を維持した場合,遅くとも2030年代前半には需要と供給が均衡し,供給過剰となる見込みである。しかし,医師の養成は10年かかるといわれており,一朝一夕に医師が増えるわけではない。需要過多の時期は偏在対策で乗り越えるしかない。
一方,患者の受療行動を規制することは難しく,不要不急の受診かどうかを患者が判断しがたい面もあり,過度の受診抑制は健康悪化を招きかねない。
患者の行動変容を促すには,啓発や救急電話相談の周知徹底などはもとより,大病院の選定療養の強制適用のように経済的負担の誘導をもって緩やかに変容を働きかけるしかない。
現在,特定機能病院と一般病床200床以上の地域医療支援病院において患者からの定額負担を徴収する義務があるが,これを今後「医療資源を重点的に活用する外来」を有する病院(重点外来基幹病院)へ対象を拡大する予定である(もっとも,コロナ禍による患者の受診抑制のデータがある。コロナ収束後の受療行動の動向を見守る必要がある)。
さらに,需要と供給の調整で難しい分は,業務の効率化が必要である。各医療機関が,連続労働時間制限,勤務インターバルの設定を強く意識しながら,タスクシフトやタスクシェアの促進,交代制勤務・複数主治医制の実施,ICT(情報通信技術)の利活用の促進,さらに,地域医療構想の中で医療機関同士の役割分担と連携などが求められよう。
日本の医療は,病床当たりの医師数が先進諸国に比して少ないが,フリーアクセスのため患者の通院回数は多い。この状態を,医師の高い職業意識と献身的な業務提供で吸収してきた。しかし,現在の需要超過状態では限界がある。
もっとも医療提供において,質,アクセス,コストの三要素を同時に満足させるのは困難とされる。医師の働き方改革ひとつとっても,様々な要素が絡み合っており,「多元連立方程式を解く」(島崎謙治)問題なのである。ゆえに,労働基準法の時間外労働上限規制の一般則適用ではなく,特例を作るのはやむを得ない。
勤務医の負担軽減策は,人々の医療に大きな影響を及ぼす。医療提供体制は一度壊れると再構築が難しいだけに,国民的な合意形成が早急になされることが求められる。
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