平成20年1月1日
シンガポールからのメッセージ
筑波大学副学長 谷川 彰英この著者の書いた書籍
「取り残される!? 日本」というのが,シンガポールを訪れての私の印象だった。東南アジアもかなり多くの国に足を運んできたが,シンガポールだけは大きく印象が異なっていた。
実は3年前,シンガポールの教育大臣が関係者と筑波大学附属高校を訪問され,それが契機になって,附属高校とシンガポールのホァ・チョン校との国際交流が始まった。今回附属高校の二年生全員がシンガポールへ修学旅行に行くこととなり,私は筑波大学の代表として国際交流の促進のために,学校はじめ教育省(文部科学省)などとの打ち合わせを行うために随行したのだった。
まずホァ・チョン校に着いてびっくりした。同校がシンガポールでもトップの学校だとは聞いていたものの,その施設・設備の素晴らしさに感嘆した。同校は四年生の中学部(男子のみ)の上に二年生の高等部(college)(男女共学)がある学校で,授業はすべて英語で行われている。卒業生は毎年一千人位いるが,そのほとんどがオックスフォード,ケンブリッジ,ハーバード,エールなどの海外の超一流大学に進学するという。日本の大学にはほとんど来ない。シンガポールからもっと留学生を,という願いははなから打ち砕かれた感じだ。教育省で尋ねても,生徒の希望を尊重するのが第一原則だという。
現在,大学経営に携わっている私にとって大きなショックだったのは,シンガポールでは学校教育にふんだんに金を投資していることだった。日本のように国立大学への運営費交付金を毎年1%減らすというような政策を採っていない。むしろ,教育によって優れた人材を育成することが国家の基本的な政策になっているのである。
ホァ・チョン校には1,000人も宿泊できるボーディング・スクールが併設されている。丹下健三氏による設計だというが,日本の大学顔負けの施設である。たぶん,日本の大学の中では4,000人が宿泊できる宿舎を有している筑波大学がいちばん大きいとは思うが,中学校・高校レベルでこんな施設をもっている学校はない。しかも,そこに宿泊している生徒たちはすべて外国からの留学生なのだという。
シンガポールは面積的には琵琶湖の大きさしかない小国である。人口も400万を超える程度である。もともとイギリスの植民地として発展してきた国であり,資源もないことから貿易によって国際交流をせざるを得ない事情があった。だから,教育によって世界に通じる人材育成を,という考えが徹底しているのだろう。
美しく整備された街並みも素晴らしいが,人びとのマナーも徹底している。チューインガムを持ち込んだら罰金というお国柄である。チャンギ空港のロビーは成田空港の何倍も広く,立派できれいだ。
教育課程の改訂が日本の教育界の話題になっているが,それ以前に学校教育でどんな人材を育成するのかといった教育政策にこそ問題があるのでは,という思いで帰国した。
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