平成20年1月1日
製品安全対策の強化と企業・消費者の役割
信州大学教授 樋口 一清この著者の書いた書籍
食の安心から製品安全の分野まで,このところ,企業不祥事が続発している。これまで信頼の厚かった大手企業や地域の老舗企業まで,相次いで経営幹部が謝罪する光景は異様とさえ感じられる。
なぜ,企業不祥事は続発するのだろうか。戦後,日本企業が築き上げてきた製品の品質や技術力はどうなってしまったのだろうか。現在の状況に疑問を抱く方々も多いのではないかと思う。企業不祥事の背景には,日本型企業システムが崩壊し,旧来の企業倫理や価値観に変化が生ずる中で,市場主義的な社会システムや制度にも馴染めない日本の企業社会の姿が浮かび上がってくる。
他方,情報化の進展や消費者の意識の向上により,製品や品質,商取引のルールに関する消費者の目は,一段と厳しくなりつつある。日本企業は,こうした状況変化に関する組織としての対応力,いわば製品安全の「マネジメント力」に欠けているのである。一言で言えば,製品安全の「技術力」は高くとも,経営者をはじめとした企業組織に,これを生かす「マネジメント力」が備わっていないというのが現在の状況なのではなかろうか。
こうした事態を踏まえ,昨年来,消費者行政が抜本的に強化されている。重大製品事故については,事故情報の報告・公表制度が義務化された。また,消費生活用製品の経年劣化に伴う安全対策については,特定製品の使用期間,点検期間の表示が義務づけられるとともに,法定点検制度が導入されることとなった。一連の制度改革の特色は,製品の品質や製法に関する新たな技術基準や安全基準を定めるものではなく,事故情報の社会的な伝達力の強化,企業の経年劣化対策の義務化など,市場システムが十分機能し得ない分野について,市場を補完する体制の整備を図ろうとするものであると言えよう。
もっとも新たな制度を実効あるものとするためには,解決すべき課題も多い。例えば高齢者や多忙なサラリーマン,関心の低い若年層などに対して,リコールなど製品の安全情報を伝える仕組みをどう構築すればよいのか。国際的な製品安全への対応体制はどうすべきか。そして何よりも,企業自身の製品安全に関する「マネジメント力」が伴わなければ,せっかくの制度もうまく機能しないこととなってしまう。
行政は決して万能ではない。さりとて,消費者個人,企業一社での対応には限界がある。重要なのは,消費者や企業がネットワークを構築し,自主的取り組みの輪を広げることである。例えば,事業者団体が製品安全や食品安全への企業の社内取り組み体制の自主的基準(ガイドライン)を策定する。事故や不祥事を防ぐ社内組織のマネジメントのあり方を検討し,これを消費者団体がしっかり監視していく。
この問題の解決には,消費者・事業者・行政の信頼に基づくパートナーシップが不可欠である。経済産業省では,こうした関係者の新たな取り組みを「製品安全文化」の構築と呼んでいる。法制度を超えた関係者の共通の意識や価値観の醸成が必要との観点からは,まさにこの「文化」という表現は,今日の企業・消費者の取り組みの方向を示唆するキーワードの1つであると言えよう。
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