建帛社だより「土筆」

平成22年9月1日

人が人を育てる: 教師の質を支えるもの

神戸大学大学院 准教授 北野 幸子この著者の書いた書籍

 師こそが,教育の現場で最も重要な役割を果たす。教師こそが,学校の貴重な教育資源である。このことは教育現場では広く認知されており,OECD(2005)により「教師の重要性」というタイトルの報告書も著されている。同報告書では,世界的に教師という仕事への魅力が減少し,専門職としての力量の向上を図りにくい現状があり,教師の離職率が高まっていることが問題視されている。教職の専門性を考えるとき,専門知識の整理はかなりなされているが,実践知・経験知・臨床の知がどのようなものであるかを,顕在化することにまだ課題があるよう思われる。



 たちは,教師と実践の質とはどのようなもので,いかにその向上を図るのかを,十分に教育界の外に説明できているであろうか。実際は教育実践現場と協同した,クラスルーム研究や,校内・園内研修の研究,カンファレンスやメンタリングの研究が多数なされているが,そのことを広く世間に伝えられているだろうか。



 師と実践の質を支えるために,教育現場において,養成教育と現職研修の連携による能力開発システムを充実すること,評価を導入すること等の必要性が指摘されている。人と接する専門職の分野では,人こそが人を育て,また人と人が共に育つのであり,その意味で教師には,子どもとの相互作用の中で,実践・省察・学習・実践を繰り返し,教育の力量を向上させていくという反省的実践家モデルが示されている。教育界におけるPDCAサイクルの導入は,実践しながら省察し,それに基づく意識的な学習の繰り返しにより,教育実践力を向上させていくガイドラインの導入ともいえよう。ここで,特に,実践の判断の根拠を省察することが必要となるであろう。



 師と実践の質を支えるために,教育の外部に対しても,その実際を伝え,教職のイメージや社会的地位を高めることが必要である。教育実践が科学的根拠に基づいた専門職の判断によるものであるということ。これを説明するための言葉としての科学的根拠を教育界がもち,社会に発信していくことが必要であると考える。これにより労働条件や待遇,社会的地位がもたらされ得るからである。



 と人との相互作用の場である教室では,不確定要素が多く,偶発性が高く,マニュアルが存在しないともいえる。それだからこそ,その都度の実践・判断の根拠をもつことが教師には求められると考える。「根拠(Evidence)」という言葉への拒否感が,科学主義か人間性重視かといった二項対立図式の議論から表されることがあるよう思われる。しかし,この二者択一的思考から脱却し,根拠を求めシミュレーションを可能とする思考こそによって,結果ではなく過程を大切にした教育の実践を支え,そのための力量の向上を図ることが可能となるのではないだろうか。



 者らは,2011年7月31日から8月2日まで神戸国際会議場で環太平洋乳幼児教育学会を主催するが,そのテーマは,「科学的根拠に基づく保育の創造:領域の専門性の向上をめざして」である。教育政策と実践の根拠や,実践の質を語り,社会に発信する言葉としての科学的根拠について議論したいと考えている。

目 次

第92号平成22年9月1日